第15話


────君の持っているその本から来たんだ。


僕の、持っている本から………?


「…まぁ、説明するとね?」


そこから、僕の問いの答えが紡がれた。


 「私は、蒼空くんの持っている本の中のヒロイン的立ち位置のキャクター。でもその本は、【存在していない】ことになっている。何故ならその本は、未来で書かれるかもしれないだけの本だから。」


咲夜の真剣な眼差しに射抜かれて、僕は呼吸も瞬きも忘れて聞いていた。でも、何処か納得していた。なんで、今まで気付けなかったんだろう。ずっと、電車で読んできていたのに、何度もその名前は紙に書かれていたのに。


「…ヒロインの名前は、咲夜。」

「そう、気付けないようになっていたの。その本は書かれるかもしれないし、書かれないかもしれないものだったから。蒼空くん次第だったんだ。」

「僕次第…?」

あまりの壮大さについて行けない僕に、一度向き直って咲夜は言った。

「作者は『夜櫻 陽向』。蒼空くんのペンネーム。」

「…夜櫻、陽向。」

「そう、なぜかは流石に分からないけどね。」

…じゃあ、君が、おかしな程に僕について知っていたのは。僕のやりたいことを知ってたのも。

「…僕が、生み出したキャラクターだから?」

「そうなんだよね、……ごめんね。」

咲夜は、とても悲しそうにそう言った。

 なんで、咲夜が謝らなければいけないんだろう。謝る必要なんてない、僕は、君に、他でもない咲夜にこんなに救われたというのに。こんなに世界を憎んだのは初めてかもしれない。なんで、咲夜は本の中のキャラクターなんだろう。実在していたらいいのに。このまま、全部ニセモノで終わりたくない。

「…僕は!」

「蒼空くん………?」

「僕は、本を書く。君の本を、この本を書く。」

「いや、え、……」

「…誓うよ、君にもう一度、未来で会うために僕は僕達を巡り合わせたこの本を書きあげる。」

そういうと、咲夜は、初めて泣いた。

「…蒼空、くん、、私、私ね、」

「うん……」

「…蒼空くんに生み出して貰ってから、なんでこんなにも、この本の世界はあたたかい世界なんだろうってずっと思ってたの。」

「…そっか、」

「蒼空くんが、作った世界だったからなんだね。」

涙を拭きながら言う咲夜は、今までのどんな姿よりも綺麗だった。


 二人で肩を寄せ合ったとき、不意に空から大きな音と光が響いた。

「…花火だ。」

「……綺麗だね。」

「…咲夜の方が、綺麗だよ。」

言ったはいいものの、なんだか、二人で恥ずかしくなって、クスクスと笑い合った。

花火の音に掻き消されないように、咲夜が僕の耳元で言った。

「…私も、蒼空くんと同じ気持ちだよ。」


 花火が終わって、人がまた一人、また一人と散っていく中、僕達は手を繋いで歩いていた。反対の手には、食べ切れなかった屋台の食べ物と、飲みかけのラムネを持って。


 その翌日、案の定、本は僕の手元から消えた。きっと、咲夜も一緒に消えたのだろう。でも、不思議と悲しくはない。僕が覚えている限り、咲夜は消えない。僕が書く限り、咲夜は消えない。

 そして、僕は二人で最後に飲んだラムネの味を忘れることは無いだろう。

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