第11話
それからも僕達は図書室で勉強をして、他愛もない話をして、時々公園に行ったりして楽しんだ。
そのおかげか僕は一学期の復習を全教科全単元終わらせることができたし、ほんのり日焼けをした。咲夜は日焼け止めを塗っているけど、僕は塗っていないしそんなもの持っていない。初めて焼けた肌は自分の腕じゃないような感じがしてしばらく慣れなかったのを覚えている。
気付けば、八月中旬。一ヶ月以上ほとんど毎日会ってた咲夜ともきっとこの夏が終わればお別れ。また会えないのかな、そんな想いを抱えながら今日も学校に行く。
図書室の奥で待つ咲夜におはようと言えば
「おはよー!」
と元気な返事が返ってくるのが習慣化されていたから、居なくなったあとを考えるのが怖い。僕はこの気持ちに名前が付けられることを分かっていながら付けずにいた。
そんな事を考えながら咲夜と話していると、咲夜がそう言えば、というように口を開く。
「…蒼空くん、お祭りとか無いの?」
「随分唐突だね、たしか今週末にあるけど。」
ここらへんで一番大きい神社の祭りがあった気がする。僕は小さい頃に一度行ったっきりらしい。
「咲夜…、一緒に行かない?」
僕は恐る恐る聞く。咲夜は、パッと顔を明るくして
「行く、絶対行く!」
「あ、ほら土曜日と日曜日にあるよ」
何を着ようか何を食べようか悩みだす横で、祭りの日程を調べていたスマホの画面を咲夜にも見せる。
「四時からなんだね、何時から行く?」
「混む前に並びたいからね、四時から?」
「そうだね!」
今までにないスピードで約束が成立して少し驚いたけど、それに僕も付いていたということは…
「…楽しみにしてるよ。」
僕も案外、祭りを楽しみにしている。
地域最大のお祭りということもあって、祭りの公式サイトのようなものには、どこにどんな屋台が出ているかも乗っていた。特にやることもない僕達はその地図を見ながらどこをどうまわっていくか話し合った。
「りんご飴あるって!」
「たこ焼きとかも食べたいね!」
「くじ引きとかやりたい!」
まぁ話し合いといっても咲夜が行きたい所やりたいことをひたすら言っていって、僕がそれを基に回る順番を考えるというものだった。
それでも、僕はすごく楽しかった。僕だって行くのは楽しみだけど、目の前にこんなに楽しそうに祭りを話す咲夜がいたら、望みを全て叶えたくなる。
「蒼空くんは、お祭り何着るの?」
「んー…浴衣、あったかな。」
「浴衣姿の蒼空くん見たいな?」
少し下から懇願するような、かと言って重苦しくないような雰囲気をまとってお願いしてくる。
「……わかった、着てくる。」
結局僕はそのお願いに負けて、了承してしまった。
家に帰ると太陽がちょうどいたので、ダメ元で浴衣を貸してくれないか、と頼んでみたが、返ってきた返答は僕の想像と真逆だった。
「浴衣?…別にいいけど、どうした?」
「あ、いや…祭りに着ていきたくて……」
まさか貸してもらえるとは思ってなかったから驚いた。それに、太陽とは、周りから酷い比較をされるようになってからは家でもほとんど話していなかったから。
「…最近、生き生きしてるもんな。」
「え?なに、急に……?」
「母さん達は、恋をするくらいなら勉強したほうがいいって話してるけどさ、俺はそう思わない。」
僕が、夏休み中にせっせと学校に通う様子や、帰ってきてからの顔色とかで判断したのかもしれない。
「恋をしたら、その人のために何でもできる。」
「…そうなのか?」
「少なくとも俺は。自分で一番ランクの高い大学選んでいったわけじゃない。一個上の彼女がそこに受かったって聞いたから、目指しただけだ。」
そうだったんだ、てっきり、母さん達に言われたりだとか、学校から推薦されたもんだと思ってた。
「…僕も、そうなる?」
「それは俺にも分かんねぇけど、大事な弟の恋は応援したくなるだろ。」
「大事な……?」
どうしてもそのフレーズが気になって、復唱するようにして太陽に聞いてしまう。
「大事だよ。だから、俺は蒼空に話しかけない。話しかければ、母さん達は俺の勉強の邪魔をするなとか、話す暇があるなら勉強しろって言われる。」
「そんな、理由……。」
「蒼空には、俺と蒼空は…って比較される人生を歩んでほしくないんだ。」
「…ありがと。」
「そろそろどっちかは帰ってくるから、な?」
浴衣を手に乗せられ、部屋から出るようにそっと告げられる。自分の部屋に戻って浴衣をもう一度よく見ると、浴衣にはメモが挟まっていた。
【頑張れよ、応援してる。】
僕が思っていたより、太陽はずっと僕のことを考えてくれていて。思っていたより大事にしてくれているんだと知った。僕は、家では独りだと思っていたけど、僕らは兄弟だから。比較される対象なんかじゃない。違っていいんだ。太陽は今まで、僕に影を落とすためだけのものだった。けど、太陽は僕にとってもちゃんと太陽だった。
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