第6話

 家に帰ってきて、あぁ、聞けばよかった。と後悔した。あんなに本に詳しいなら、今僕が持っているどこにも出てこない不思議な本についても聞けばよかった。けど、覚えていたところで聞けずに終わるんじゃないかと思う。なんだか今聞くのは違う気がすると、第六感的な何かが警報を鳴らしているようにも感じられる。いきなり、変な本について話されても困るだけだろうし。そう結論付けて、僕はリビングへと続く階段を降りた。

 その日は珍しく家族全員が揃っていた。大学の近くで一人暮らしを始めた兄さんもいた。なんでも、大学の方に仕事で行ったときに父さんとばったり会ってそのままやってきたらしい。もちろん母さんも帰ってきていて、さぁみんなで夕食!なんて楽しい感じではなく、ただいるから集まっただけのようななんとも気まずい空間ができあがった。

「そういえば蒼空、課題は終わった?」

母さんから発されたそれ。それが僕は大嫌い。これでなんと答えようとも興味は無い。興味があるのは結果だけ。それにこの質問は、僕の進捗状況を確認するわけでもなく、このあと兄さんにも似たようなことを聞いて、見習えと言いたいだけなのだ。

「…あと感想文と科学レポートだけ、」

「あら、そうなの?」

答えると途端に興味を失ったように父さんの方に視線を向けた。合図だ。兄さんに確認をするための。

その合図をみて、父さんは兄さんに聞いた。

「太陽、夏前の習熟テストと夏の課題はどうだ。」

「父さん、それなら一位だったよ、それから課題はレポートの議題で悩んでるのがあって…。」

「…そうか、あとで案を見せてみろ。」

「蒼空も見習いなさい。」

「…はい、母さん。」

 僕の家はいつもこうだ。兄さんが凄いのは僕だって分かっているし、僕が兄さんよりも全然劣ってることなんて分かってる。両親も、兄さんもそれをよく思っていないのも分かってる。最近でこそ、大学生だから、と少し淡々としたものになったけど、高校生までは何か一位になる度、凄いね太陽。その調子だ太陽。と最早崇めるような褒めっぷり。

 そんな事を考えているうちに、ご飯を食べ終わってしまったらしい。この空間から一分一秒でも早く去りたくて、食器を片付ける。

「…ごちそうさまでした。」

「あぁ、戻って勉強しなさい。」

「そのつもりだよ、父さん。」

 僕がリビングから出て扉を閉めると、太陽を褒めるような言葉がうっすらと聞こえてきた。僕がいるから話してないだけ。僕には聞かせることすらしたくないらしい。

 部屋に戻ってから無意識に息を詰めていたことに気が付いて、深く息を吐いた。家と、咲夜の前、どちらが本当の僕なんだろう。どちらも本当の僕に感じるし、どちらも偽物の僕のようにも感じる。こんなときは本を読むのが一番だ。本は全て偽物と分かっているし、偽物とわかった上で浸れるなら別にそれでいいと思う。学校用のリュックサックから一冊の小説を取り出した。

 「……作者も題名も、検索してもヒットなしか。」

ならなんで話題作のところに置いてあったのだろうか。買ったとき以外、他にこの本が並んでいることは無かった。僕のために選ばれにきた本のような。

 そのとき、前触れもなくガチャリと扉が開かれ、父さんが部屋に入ってきた。

「…まだ本なぞ読んでいるのか。」

「あ、…読書感想文の本を、選んでて。」

「そうか、なら良い。」

そして部屋を出ていった。

僕の父さんは、本が大嫌い。本なんてものフィクションなんだから読んでも無駄。読むなら何かの研究とか、生態系の図鑑とか、そういうものを読みなさいと言われてきている。最初はそういう父さんに怯えて図書室で借りて学校だけで読んでいたけど、図書室の貸出回数の表彰で全校集会で表彰されてしまったから、当然集会にいた兄さんから父さんと母さんまで伝わってしまった。僕の読書好きが発覚してはじめは咎められていたけど、今はもう呆れた、とでもいう感じで放置されている。

 明日こそ、読書感想文を終わらせよう。そう思いながら僕は一学期の復習をはじめた。

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