第4話


「つ、疲れた……」


話すときは話すことだけに集中していたから気付かなかったけれど、僕は自分のことについて一時間以上話していた。流石に喉が渇いたし疲れた。

「ごめんね、私がたくさん聞いたから。」

満身創痍です。みたいな状態の僕を見て咲夜が謝ってくるけれど疲れたことよりも僕にこんなに話すことがあったことに驚いた。それと同時に、自分が案外話したかったことにも驚いた。

「…誰かにずっと話したかったのかもしれない。

ここ数年で一番喋ったと思うよ。ありがとう。」

「そっか、ならよかった。」

そう言って笑う咲夜につられて、僕も少しだけ、ほんの少しだけ笑った。


 僕が一息ついたところで咲夜がと口を開く。

「蒼空くんは、すっごくいい人なのに周りに気付いてもらえてないんだね。」

「いい人?」

普通だろうし、人と話すのが苦手なあたりを見ればマイナスかもしれないけど…。

「普通は制服違う人と無闇に話さないよ。」

…咲夜は綺麗だから、僕みたいな話し相手がいることが嬉しいようなタイプじゃなくて下心満載の人が話しかけてきてもおかしくないと思う。とは流石に口に出すことはできずに

「そうかな…?」

とだけ言っておいた。もし言おうものなら僕が下心満載の奴のようになってしまうかもしれない。

「ちなみにだけど、蒼空くんの家族をまとめると」 

「え、まだ話す?」

「んーん、間違ってたら言ってくれればいいよ。」

それならまぁいいか。水分補給しながらでも聞けるし、間違いがあれば少し訂正すればいいだけだ。

「まず両親は共働きで………」

咲夜の話を聞きながら、一応間違いは訂正できるように、話した内容を頭の中で反芻していく。

両親は共働き、三つ上の兄もいる。兄、太陽は運動も勉強もできて、みんなから好かれるまさに名前通りの人間。対して僕は運動は苦手な方、勉強も太陽みたいにスラスラ入るわけじゃなくて、何回も何回も繰り返し努力してできる程度。両親は太陽に構ってばかりだし、僕はどこにいてもお兄ちゃん凄いねとか、兄はできるけど弟はそこそこ、とかばかり言われて育ってきて、いわゆる主人公になんてなったことがない。そんなとき、本をなんとなく読んで、好きになった。こんなに別の世界があっていいんだ。読んでいる間は、本に浸っている間は僕は主人公になれる。だから本が好き。勉強も毎日毎日叩き込んで、自宅から近い兄のいる名門校ではなくちょっと遠いそこそこの進学校を選択した。太陽と比べられるのはもう嫌だった。

 思い返してみれば話す順番もめちゃくちゃで聞いている方は整理するのに大変だったと思う。それなのに咲夜はまとめるために、といって僕のことを覚えようとしてくれている上に、間違ってたら言ってというけれど、全然間違ってないし、ちゃんと覚えてる。なんか申し訳なくなってきた。

「………と、これで合ってる?」

「うん、ありがとう。」

何か、君にできることはないだろうか。つまらない僕の話を聞いてくれた君に、こんな僕にでもできることはないだろうか。

 

───できることならあるじゃないか。


「あの、さ。…今度は咲夜のこと、教えて?」

僕が君にできること。それは返すことだ。君にしてもらったことを、僕から君にも。今はまだそれだけしか思い浮かばない。けど、申し訳ない。だけで終わっていた僕からしたら、大きな一歩。

 咲夜はきょとんとした顔を見せたあと、花が咲くような笑顔を見せて言った。

「いいよ!たくさん聞いてね。」

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