第68話 火花のように弾ける快楽

 部屋に差し込む花火の光が止んだ頃、どちらからともなく、唇が離れた。長く深いキスの終わり、繋がっている状態が長すぎて、胸を寂寥感が襲った。そして、そんな恍惚にも似た感慨をゆっくりと塗りつぶすように、現実が押し寄せてくる。


 わたしも、れんも、荒くて熱い呼吸の中、暗闇でぼやけた視界で、呆然と互いを見つめる。


「ごめん。折角の初デートだったのに」

「ううん。お姉ちゃんと深くまで繋がれた気がして、うれしい」


 れんの言葉に改めて、自分の犯した罪の重さを知る。


 わたしは熱病のような独占欲に冒され、堪えきれず、二人きりの部屋で、れんの唇の奥側までを奪った。ただ、口づけを交わすだけでも罪深いのに、更に深くで交わった。


「けど、浴衣も、折角綺麗だったのに」


 わたしはそう言いながら、れんのはだけた浴衣を整える。


「別にいい」


 れんはそんなことお構いなしに、わたしをぎゅっと抱きしめる。先ほどと同じ体温が、わたしを包む。


「私はお姉ちゃんに恋人だって言ってもらえたのが、なによりもうれしい。だから、いいの」


 わたしは、そんなれんの純粋な言葉に、更に罪悪感を募らせる。わたしの醜い独占欲が、こんなに綺麗な喜びへと昇華されてしまうことが、どこか信じられなかった。


「けど……」


 そんなわたしの呟きをかき消すように、れんは告げる。


「それにキスも。いつもと違って、気持ちよかったし……」


 暗闇の中、れんの頬が赤く染まった気がした。わたしの鼓動も、それに釣られて、朱色に染まる。


「ねえ、もうちょっとだけ、しよ?」


 れんはそう言って、わたしの首の後ろに腕を回して、目を瞑る。その唇は、何かを待ちわびるように、微かに開かれていて。その隙間に吸い込まれるように、わたしは唇を重ね、その交わりの先へと侵入する。


 舌と舌が、絡み合う。れんの舌は長くて少しだけざらざらとしている。その感触を自らの舌でなぞるだけで、なぜか、火花が飛ぶように快楽が弾ける。


 それに呼応するように、れんの身体も微かに震える。唇だけのキスよりも高頻度で、れんの身体は硬直して、甘い嬌声が漏れる。れんの長い舌は、快楽を受け止めるのに必死なようで、わたしの舌の動きを必死でなぞる。快楽を逃がすように、わたしの背中に指を食い込ませたり、そんな不器用さでさえも、愛しくて。わたしは時には浅く、時には深く、れんの口内を蹂躙する。


 普段のキスと同じように、時折、れんが息継ぎできるように、わたしは唇の密着を解く。しかし、離れようとする舌に追いすがるように、れんの舌は唇が離れてもなお、絡みつく。舌と舌だけが接触する。銀橋のように繋がった唾液。背徳的な光景に頭がくらくらとする。


 しかし、その背徳は、ブレーキにはならなくて。むしろ、深みにハマっていくようで。


 花火大会は、もう終わった。それなのに、わたしたちは、何度も深くて甘い口づけを交わす。繰り返す。


 そうして、花火の残光は、火花のように弾ける快楽に塗りつぶされていった。

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