第66話 水色に花びらの浴衣
珍しく、一人きりの部屋。わたしは鏡の前で、久しぶりに着た浴衣に変なところが無いか確認する。
白を基調に色とりどりのお花が散りばめられたデザイン。小学校六年生の時の浴衣がすんなりと着れてしまったことに複雑な気分を抱きつつも心は弾んでいた。
花火大会に行くのは、以前にこの浴衣を着た時以来だ。その時も、れんと一緒で、けれど今日はただのお出かけじゃなくて、恋人として初めてのデートで。隔たりを越えた先で訪れたものに、心がふわふわと浮足立っていた。そんな状態で、巾着を持って、部屋の扉を開けた。
すると、部屋の前で、れんが佇んでいた。わたしは、息を呑んだ。
目の覚めるような水色に、花びらの浴衣。ただでさえ綺麗な花柄が、れんの身体に纏われることで、美しさの光線となって、空間に放たれる。キラキラとした粒子があたりに舞っているんじゃないかと錯覚しそうになる。れんの大人びた佇まいが、端麗な容姿が、わたしの心を掴んで、離さない。
そんな風に、浴衣姿のれんの美しさに圧倒されて、惚けていると、わたしの心を代弁するように、れんが呟いた。
「……かわいい」
れんの美しさの全貌を捉えるのに必死で気づかなかったけれど、見ると、れんの視線も、わたしの浴衣姿にくぎ付けになっている。わたしは、大人びて洗練されたれんの姿と自分の姿を比較して、恥じ入る。
「そんなことないよ。小学校の時に着てたのと一緒だし」
「ううん。そんなことある。かわいくて、綺麗」
なぜか、れんは首を振って断言する。そんな動作でさえ、涼し気な目元や、覗く首筋まで全てが美しくて、驚く。この子が本当にわたしの妹なのかと。そして、わたしの恋人なのかと。
そんな驚きから、普段、甘えてくる姿や、わたしを求める姿まで思い返して、目の前のれんと頭の中で、結びつけると脳が痺れた。それは、危険な甘さだった。
わたしだけが、そういったれんの全部を知っているだなんて。
わたしはそんな思考から目を逸らすように、れんの美しさへと意識を戻す。
「れんの方こそ、可愛いし、綺麗。その浴衣すごく似合ってる」
「ほんと?」
「ほんとだよ」
ほんとなんて、三文字じゃ足りないくらい綺麗で、わたしは首を大げさに縦に振る。
「うれしい。お姉ちゃんのために、選んだから」
れんはいつもの冷たい口調で、口調とは真逆の言葉を告げる。そんなちぐはぐさに触れるたび、愛しくて。
「けどやっぱり、お姉ちゃんがかわいい。他の人に、見せたくない」
いつもの無表情でれんはそんな言葉を続ける。自分の美しさを、棚に上げて。そんな圧倒的な容姿から繰り出される余裕のなさが可愛くて仕方ない。そして、そんな余裕のなさを、ついつい突きたくなってしまう。
「けど、外に出ないと、デートできないよ?」
わたしがそんな風に微笑みながられんを見上げると。
「いじわる」
そう言って、手をぎゅっと握られた。指と指を絡めて、恋人つなぎで。
そんな不満の表し方まで甘えに昇華されることに、暖かなものを抱く。
そんな風に、互いへの想いをもつれさせたり、交わしたりしながら、初めてのデートへとゆっくり歩みを進めた。
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