第61話 どんなあなたでも
最近、ずっと、同じような考えが頭の中をぐるぐると回っている。課題をしていても、料理をしていても、掃除をしていても。ずっと、同じことを考えている。
わたしは、れんと恋人になったんだ。
何度、その事実をなぞっても、慣れることはなくて。恋人って響きを舌の上で転がすと、甘い味がした。驚くほど素直に、浮かれている自分がいた。
もちろん、以前と同じように、妹に対して想いを寄せることに罪悪感を覚える自分もいる。許されないことだって、ちゃんとわかっている。けれど、それは、れんが抱えているのと、これまで抱えてきたのと同じ痛みで。その罪を一緒に背負いたくて、その痛みかられんを守るためにわたしはれんと恋人になったから。だから、前みたいにうじうじと思い悩んだり、自分の気持ちに蓋をすることはなかった。
れんを守りたいという思いと、れんに寄せる想いが矛盾することなく寄り添っている今は、確かに幸せだと言えた。だから、わたしは、自分の心に正直に、素直に、ただれんと恋人になったという事実を嚙みしめていた。
そして、そんな風に浮足立っているのは、わたしだけじゃないみたいで。
以前と同じ、冷たくて平淡な口調。鈴の音のように澄んだ小さな声。凪いだような無表情。大人びた表情。クールで洗練された容姿。スラっとしたスタイル。気圧されるくらいの美しさを全身に纏って。
「ねえ、お姉ちゃん。私たちって恋人なんだよね?」
「うん」
「じゃあさじゃあさ、お姉ちゃんは、私のこと好き?」
「好きだよ」
「どれくらい?」
「世界で一番好きだよ」
「うれしい。けどわたしはもっともっと、宇宙で一番お姉ちゃんのことがすき」
ただ、語彙だけが壊滅していた。まるで、子供の時に戻ったように、いやそれ以上に、れんはわたしの気持ちや、わたしたちの関係を頻りに尋ねる。ベッタベタに甘えてくる。急に、抱き着いてきたり。それで、わたしの首筋に顔をぴとりとくっつけたり。膝の上に乗っかったり。
「ありがとう……最近、れんはいつにもまして甘えたさんだね」
「だって、その、恋人になれたのが、うれしすぎるから」
そう言って、わたしの胸に顔をうずめたりする。いつもの無表情に平淡な口調でも、言葉遣いや態度で、恥じらっているって分かった。
思いが通じ合って、そんなれんの心の機微が分かるようになってから、あの時も、あの時も、恥じらっていたりわたしに好意を示していたんだなって、欠けていたパズルのピースが見つかってピタリと埋まるみたいに、気づく瞬間があって。それに気づくたび、れんが愛しくて仕方なくなって。今だけでなく、過去にまでまたがって、幸せの質量が増え続けていく。
わたしたちの間にまたがる甘すぎる空気は当分終わりそうになかった。終わるどころか、糖分はずっと増え続けていた。
けれど、そんなふわふわとした綿あめのような日々の中でも、小さな悩みはやっぱりあって。
ベッドの中、抱きしめあってまどろむふわふわとした時間の中、わたしはれんに尋ねた。
「そういえば、恋人になった時以来、れんの笑顔って、見てないかも」
あの日、恋人になった日にれんが浮かべた笑顔は、可愛くて、綺麗で、そんなことを思い返しながら、目の前にある無表情を見つめた。もちろんこの顔はこの顔で、可愛くて綺麗でかっこいいんだけど。
「あの時私、笑ってたの?」
そう言って、れんは小首を傾げる。
「笑ってたよ。あの時のれんの笑顔、かわいかった」
わたしの言葉にれんは目を見開く。それから、恐らく、笑顔を試みる。けれど、口角は微かに震えるだけで一向に上がらず、いつもの無表情が目の前にあった。
「笑い方、わからない。忘れちゃった」
れんはそう言って、呟く。その声の調子や表情は心なしか少し切なげでわたしはおもわずれんを抱きしめた。
だって、今のわたしは知っている。れんの無表情はわたしに想いを隠すために拵えたものだってこと。わたしを守りたいその一心で、張り付けたものだってこと。
わたしが抱きしめて、頭を撫でていると、れんは小さな声で尋ねる。
「こんなずっと無表情だと、かわいくない……?」
その声は平淡だけど、不安に震えているようにわたしには感じて、そんな不安でさえも愛しくてたまらない。
「れんはいつだって、かわいくて綺麗だよ。昔の笑顔いっぱいのれんも。今のクールなれんも、どっちもわたしは大好き」
「うれしい。わたしも、どんなお姉ちゃんでも、大好き」
わたしに身体を預けながら、そう呟くれんが、やっぱり愛しくて。わたしは心の中で誓う。
いつか、れんが心の底から笑えるくらい、幸せにしてあげようって。
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