第58話 約束の裏側

「おねえちゃん」


 その言葉は、まるで、魔法みたいだ。その言葉を口にするだけで、心がふわふわとしたものに包まれる。暖かくて、安心する。


 そして、私がその言葉を口にするたび、おねえちゃんは笑う。穏やかに、私が愛しくて堪らないといった感じで。


 その笑顔を見るたびに、私はおねえちゃんのことが好きだなって思う。そして、そう思う度に、告げる。


「私、大きくなったらおねえちゃんと結婚する!」


 だって、結婚って好きな人同士でするらしいから。ママもパパもそう言ってたから


 わたしはおねえちゃんのことが大好きだ。いつも優しくて、ニコニコしてて、お姫様みたいにかわいくて、それなのに、私が泣いていたり困っていたら王子様のように助けてくれる。守ってくれる。


 だから、結婚って言葉を覚えた時から、思い浮かべるのはいつだっておねえちゃんの顔だった。結婚したいと思うのはおねえちゃんだけだった。おねえちゃんが世界で一番好きで、その次に、ママとパパが好きだった。


 けれど、私が世界で二番目に好きな人たちは、好き同士じゃなくなってしまった。パパは家を出ていって、ママも仕事で家を空けることが多くなって、寂しくて、何度も涙を流した。


 そのたびに、おねえちゃんは優しく頭を撫でてくれた。ぎゅっと抱きしめてくれた。それだけが、私の世界の全てだった。私は以前にもまして、おねえちゃんにベッタリと甘えるようになった。


 私はおねえちゃんがいないと何もできない。テレビを見る時も、宿題をするときも学校に行く時も、ずっとおねえちゃんと一緒にいたい。


 いつだって私はおねえちゃんに守られていた。



 だから、夕焼けに染まった帰り道、おねえちゃんの涙に触れた時は、驚いた。どうすればいいのかわからなくて、頭が真っ白になって。いつもは私より大きいお姉ちゃんの身体が小さく見えた。


 それに、なによりも、大好きな人が悲しんでいるのが、悲しくて仕方ない。私は思わず、おねえちゃんの頭を撫でた。いつも、おねえちゃんがわたしにしてくれるみたいに。


「泣かないで。泣かないで、おねえちゃん」

「ありが、とう」


 おねえちゃんの言葉はいつもと違って弱弱しい。張り付けたような笑みを切り裂くように、涙はとめどなく流れ続けている。

 

 私は、その涙を止めたいって、思った。その一心で。


 そんな時に、ある一つのことに気が付いた。それに気づいた瞬間、言葉が口を突いて出た。


「私、大きくなったらお姉ちゃんと結婚する! お姉ちゃんが寂しくないように、泣かないように、ずっとずっとそばにいる。お姉ちゃんの隣にはいつだって、私がいるから」


 お姉ちゃんがしてくれたみたいに、今度は私がお姉ちゃんを守ればいいんだ。お姉ちゃんが傷つかないように、泣かないように。私がお姉ちゃんを守るんだ。


「約束」

 

 約束の裏側で、そう決心した。それがそのまま、私の生きる理由となった。

 

 

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