第57話 なんでわたしから離れたの?

 れんは連日部活漬けで、日中はいつも寂しさが隣にいた。けれど夜になると、寂しさと入れ替わるように、毎日れんはわたしの部屋を訪れた。そこで何をするでもなく、身体を寄せ合ったり、口づけを交わしたり。そんなふうに、一風変わった夏休みを過ごしていた。


 そして、今日は、一際、れんの甘えが激しかった。さっきから頻りに、強く抱きしめられたり、首元に頬を擦り付けられたり、いつもよりもスキンシップが高密度だった。


 今も、わたしの膝の上に寝転がって、手はぎゅっと握られている。それも、恋人つなぎで。


「どうしたの? 今日はまた随分と甘えたさんだけど……」

「お姉ちゃん不足なの」

「え?」

「だから、お姉ちゃんが不足してるの」


 そういって、れんはわたしの膝に顔をうずめる。冷房で冷やされた肌に、れんの暖かな体温が触れて気持ちいい。わたしは繋いでいないほうの手でれんの頭を撫でながら尋ねる。


「毎日一緒にいるのに?」

「……それだけじゃ、足りない。夜だけじゃなくて、一日中一緒にいたい」


 そんな言葉の後、れんは身体を起こし、わたしを見据えるようにして呟く。


「ねえ、好きって言って」

「どうしたの、急に」

「言ってくれたら、お姉ちゃん不足がちょっとマシになる」


 れんはそういって、いつもの上目遣いで懇願する。スタイルが良くて、大人びていて、綺麗なのに、お願いする時だけ、急に可愛くなるのはずるいと思う。その子猫のような目で見られたが最後、断るという選択肢が、頭からすっぽり抜けてしまう。


「……好き」


 れんをじっと見つめてそう告げる。れんは私の言葉にも、眉一つ動かさず、いつもの涼し気な表情で呟く。


「もっと」


「好きだよ」


「もう一回、言って」


「れんのこと、好き」


 顔から火が出そうだった。キスの時にこぼれる好きとは違い、改まって告げる好きは照れくさくてしかたがなかった。


 しかし、れんはお気に召したのか、勢いよくわたしのことをぎゅっと抱きしめてきた。あまりにも勢いが良すぎて、れんの身体を受け止めきれず、わたしたちはもつれあうようにベッドに落下した。


 寝転がって、斜めになった世界で、身長差は意味をなさなくて。すぐ真横にれんの顔がある。その美しさが剥き出しの状態で、目の前に差し出されている。


 れんは無表情で、わたしに告げる。


「わたしも、お姉ちゃんのこと好き」


 凪いだ水面のように平坦な口調で。わたしの鼓動は大きく波打つ。更に追い打ちをかけるように、れんは呟く。


「好きって言われてもうれしいし、言ってもうれしい。伝えられることが、うれしい」

「わたしも、嬉しいよ」


 そう言って、れんの頭を撫でる。

 

 本当に、嬉しい。前までの一言も言葉を交わしていない時期を考えれば、凄いところまで来たものだと思う。仲良しに戻るどころか、色々なものを突っ切って、一緒に寝たり、抱き合ったり、キスをしたり。こうやって、好きの言葉を交換しあったり。


 けれど、れんと過ごす時間が増えれば増えるほど、言葉や身体や唇を重ねれば重ねるほど。怖くなる。れんがまたわたしから離れるんじゃないかって。怖くなって、安心を快楽や罪悪感で埋めて、その度にまた怖くなって。


「お姉ちゃん......?」

「......どうしたの?」

「なんか、ぼーっとしてたから」

「ちょっと考えごとしてて」


 わたしが答えると、れんは即座に首を横に振った。


「だめ」

「ん?」

「私といる時に、私以外のこと考えたらだめ」


 そう言ってれんは、ぎゅっとわたしを抱きしめる。縋りつくように。わたしの身体を包み込むように。


 れんの甘い匂いやスベスベとした心地いい感触に包まれて、その大人びた美しさとは正反対の子供じみた仕草が可愛らしくて。何度繰り返しても鼓動は弾んで。れんの心臓もそうなっていることに気づいて、嬉しくて。れんの全部が愛しくて。


 愛しいから、やっぱり辛くて。


「れんのことしか、考えてないよ」

 

 ふたりぼっちの部屋の中、助けを求めるような弱々しい言葉が空気を震わせた。


 れんは、差し出された言葉の甘さと声色の痛切さのチグハグさに、真実を探るようにわたしをじっと見つめた。それから再び口を開く。


「私も、お姉ちゃんのことしか考えてない。約束をした日から。ずっと」


 ぽつり、ぽつりと確かめるように。まるで当たり前の事実かのように。


 しかし、その当たり前で、私の目は見開かれた。


 わたしは困惑を押し殺しながら尋ねる。まるで、いつものれんのように平淡な口調で。慎重に、何かを確かめるように。


「約束って......?」


「大きくなったらお姉ちゃんと結婚するって約束。お姉ちゃんが寂しくないように、泣かないように、ずっと傍にいるって約束。お姉ちゃんはもう、覚えてないかもだけど……」


 そう言って、れんはわたしの懐で、小指を小指に絡めてくる。


 その指先の体温に釣られるように、言葉が飛び出した。


「わたしも覚えてるよ。忘れるわけ、ないよ」


 わたしの言葉に、今度はれんが目を見開いた。


「本当に……?」


「ほんとだよ。だって、あの約束でわたしはこれ以上ないってくらい、救われたんだから」


「うれしい」


 そんな呟きと共に、抱擁が更に強くなった。れんの身体は熱くて、伝わってくる鼓動は早くて、わたしを包むれんの要素の全てで、小さなころ身体を寄せ合ったことを思い出した。


「れんの方こそ、忘れてると思ってたよ」

「忘れるわけない。ずっと、覚えてた。大事に、心にしまってた。だから、うれしい」


 れんの目はキラキラと輝いていて、珍しく言葉は波打っていた。


 わたしだって、嬉しい。れんが約束を覚えてくれていたって、それだけで鼓動が早くなる。頬が熱くなる。


 だから、素直にそう伝えればいいだけだった。想いが重なった喜びを伝えるだけで

 良いはずだった。


 それなのに、口を、突いて出たのは。


「じゃあ、なんでずっと一緒にいてくれなかったの? 中学校の時、なんでわたしから離れたの?」


 放たれた言葉に、れんの瞳が揺れた。


 


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2024年11月30日 18:00 毎日 13:00

わたしにだけ冷たい妹が、最近妙に甘えてくる 無銘 @caferatetoicigo

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