第56話 れんからしてよ

 れんが目を瞑る。わたしは、そっと唇を重ねる。硬直するれんの身体。交わる体温。れんの口から漏れる甘い吐息。


「もっと」


 れんとのキスは一度じゃ終わらない。熱の帯びた声で必死に催促されて、何度も何度も繰り返す。まるでおあずけされた分を取り戻すようにれんはわたしの唇を求める。

 そして、催促されるたび、わたしはれんの唇を奪う。


 繰り返し求められるキス。平淡なのに甘い、れんの言葉。わたしはそれに誘われながら、とあることに気が付いた。


 名残惜しそうに、ゆっくりと互いの唇が離れる。瞼を開くと、れんの美しい顔が目の前にある。唇に代わり、今度は視線と視線が交わる。


 わたしはその子猫のような瞳に向けて、先ほど生じた疑問を投げかけた。


「そういえば、れんからキスしてくれたことってあったっけ?」


 そう尋ねた瞬間、れんの身体が、ピクリと震えた。


「……なんで?」


 そう尋ねるれんの声は表向きはいつもと同じ平淡な声色で、けれど視線は何かを誤魔化すように伏せられている。


 その綻びを突きたい衝動に駆られて、わたしは言葉を続ける。


「いつも熱心に求めてくれるけど、その割にれんからしてもらったことないなと思って」


 わたしはニコニコと笑みを浮かべながら、れんに尋ねる。


「そんなことない」


「ほんとに?」


 わたしは目の前のれんの顔を覗き込むように尋ねる。れんは頬を微かに赤に染めて、視線を逸らす。普段はクールなれんの、そんな仕草が可愛くて仕方ない。


 確かに、わたしはれんの言う通り、いじわるなのかもしれない。


「じゃあ、れんからしてよ」


 わたしは微笑みながらそう言って、目を瞑る。


 瞼が閉じて暗闇が訪れてから、今更のように、とんでもないことをしているなと思った。そもそも姉妹で口づけを交わすのすら、常識から外れているのに、妹をからかって、キスするように催促するなんて。


 しかし、そんな理性は、近づいてくるれんの気配や、顔に触れる熱い呼吸によって押し流された。今更のように、心臓の鼓動が速くなった。わたしだって、キスをされるのは初めてだ。


 れんの熱い息が何度も、鼻や唇を撫でる。そのたびに鼓動が高鳴る。


「だめ」


 しかし、触れたのはれんの唇ではなくそんな言葉だった。ゆっくりと目を開けると、顔を真っ赤にしたれんが目の前で佇んでいた。


「どうして?」


 わたしは、穏やかに、昔、泣いたれんをあやしていた時のようにそう尋ねた。れんは、当時とは対照的な、冷たい声色で、絞り出すように呟く。


「だって、はずかしい」


 そう言って、首を横に振るれんの様子にわけもなく脳が痺れた。


「わたしからする時はあんなに催促してくるのに?」


「お姉ちゃんにしてもらうのは、きもちいいだけだから。けど、わたしからはどうすればいいかわからない。頭、真っ白で」


 いつもの平淡な口調が言葉を重ねるにつれて綻んでいく。幼さを帯びていく。それがわたしのいじわるに拍車をかけていく。


「れんはかわいいね」


 からかうようにそう告げて、頭を撫でる。れんは不満げに呟く。


「お姉ちゃんは、ずるい」


 れんの言う通り、わたしはずるい。れんがこうやって、わたしが原因で弱っていることに、喜びや安堵を覚えてしまう。れんのそういう面が見えれば見えるほど、れんがいない時に感じていた寂しさが和らいでいくように感じる。


 そして、そんな自分の醜さから目を逸らすように再びれんに尋ねる。


「結局、れんからはしてくれないの?」


「また、こんど」


 そう言って、誤魔化すように、わたしの懐へと飛び込んできた。そのスタイルの良さとは対照的な子猫のような仕草に、暖かなものが走った。

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