第53話 ちゅうどく
例えば、頭を撫でることや、ハグをすること、一緒に寝ることが当たり前になったように、いつの間にかキスをすることも、わたしたちにとっての当たり前になりつつあった。
「お姉ちゃん」
れんがそう言って目を瞑る。わたしは、そっと口づけを落とす。それだけで、予定調和のように快楽が全身を走る。飽きる気配は一向に無かった。
飽きるどころか、むしろ、どんどん深みにハマっていくような。快楽の海に沈んでいくような。
キスをする時、目を瞑って、訪れる暗闇。二人ぼっちの深海の中を二人で揺蕩う。たまに息継ぎをするように、唇を離して、また重ねて。「好き」の言葉を何度も交わして。
繰り返す度、満たされて。満たされたはずなのに、もっと欲しくなって。
姉としての理性は罪悪感を必死に訴える。妹の唇を奪うなんて許されることではないって、何度も警鐘を鳴らす。
それでも、やめられない。れんに催促されるたび、吸い込まれるように唇を重ねてしまう。
ほら今も。
夏の入り口のような日差しが照り付ける屋上。日陰の中、二人で身体を寄せ合って。
「お姉ちゃん、して?」
そんな言葉と共にれんが目を瞑る。わたしは吸い込まれるように、唇を重ねる。
それだけで、頭の中で、火花のように快楽が弾けて。れんの冷たい唇の感触と、そこから生じる熱のギャップに頭が焼き切れそうになる。いつもの冷ややかな雰囲気とは裏腹に、硬くなるれんの身体や、体温を通じて伝わってくる早鐘を打つ鼓動や、キスの隙間から洩れる甘い吐息が愛しくてしかたがなくなる。
指と指を絡めて、身体と身体を密着させて、夏服の衣擦れの音と、唇の擦れる音が鼓膜の中で混ざる。
混じりあう体温はじっとりとした熱を孕んでいて、それが夏のせいなのか、わたしとれんがキスに熱中しているからなのか、わからなかった。
「好き」
「わたしも」
キスとキスの隙間で、放熱するようにそんな言葉を交わしても、熱は収まるばかりか、更に高まって。また二人で重なって。
高鳴る鼓動の裏で生じる幾重もの不安。例えば、好きって言葉の意味とか。
『わたしは好きだよ。ずっと、昔から、お姉ちゃんが好き。キスしてほしいって、思うくらい。お姉ちゃんじゃないと嫌だって、思うくらい』
初めてキスをした時の、れんの言葉。「キスしてほしいって思うくらい」の好きって一体どんな好きなんだろう。その好きは、わたしがずっと抱えてきた妹としてれんを好きな気持ちとは異なるものな気がしていて。けれど今では、わたしもれんにキスをしたいって思っているわけで。この好きがあれば、れんをわたしに繋ぎとめておけるのだろうか。れんがもうわたしから離れることはないのだろうか。
恐らく、れんはもう忘れてしまったであろう約束の代わりになるのだろうか。
そんな醜い不安から目を逸らすように、良い子じゃない自分から目を逸らすように、れんとのキスにのめり込んでいく。快楽に溺れてどんどん良い子じゃなくなっていく。
妹とキスをするなんて良くないって分かっているのに、止められない。れんとキスをしていないと不安になる。何度繰り返してもなお、もっと欲しくなってしまう。
わたしはすっかり、中毒になっていた。
予鈴が鳴る。それを合図に重なった唇が、そっと離れる。夏の気配を色濃く纏った日差しから逃げるように、手を繋いで、わたしたちは屋上を後にした。
そして、夏休みが訪れる。絶対に忘れることのできない夏が。
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