第48話  キスと好き

「ねえ、もっと」


 はじめてのキスが終わらない。頬を真っ赤に染めたれんは、唇が離れるたび、蕩けた瞳でわたしを見つめ懇願する。キスを促すように目を瞑る。


 わたしは、求められるがまま、目の前に差し出された薄くて冷ややかな唇に吸い込まれる。


 そうしてわたしたちは何度もはじめてを繰り返した。


 こんなことダメだって。分かっている。分かっているのに、理性が甘さに溶かされていく。


 今わたしは、守るべき大切な妹の唇を奪っているんだ。奪ってしまったんだ。そんな罪悪感すら、甘さを引き立てる材料にしかならなくて。しかも、キスは数を重ねるごとに、快楽を増していく。


 重ねた唇だけじゃなくて、れんと触れ合うすべての場所が熱を帯びていく。れんもわたしもいつの間にかじっとりと汗をかいていて、混ざり合う生暖かい体温すらも心地よい。


 そんな風に、差し出されたものや、触れるものに夢中になっていると


「おねえちゃん。いき、できない」

「ご、ごめん!」

 

 わたしは慌てて、身体を離す。


 れんは息も絶え絶えといった感じで、荒い呼吸を繰り返している。いつもは氷の彫像のように隙の無い美しさなのに。今は隙しかない。


 わたしに好きと言ってから、れんはずっと余裕が無さそうで、そんな余裕の無さすら愛しいと思ってしまう。こんなれんの姿、わたし以外誰も知らないだろうなって思うだけで心臓が弾んで、誰にも知られたくないって思って心臓が締め付けられる。れんの呼吸と同じくらいの速さで鼓動が右往左往する。


「やめないで」

「え、だって。息、苦しいって」

「やだ。離れないで。もっとして」


 そう言って、れんは再びわたしに身体を寄せる。そして、目を瞑って、わたしにキスを催促する。幼いわがままで、幼さとはかけ離れた快楽を求める。そのすきまに吸い込まれるように、わたしは再び唇を重ねる。


 その瞬間、れんの身体が硬直するのが分かった。繰り返しの中で、感覚が研ぎ澄まされて、そんなところにまで、意識がいった。いつもの柔らかな感触とは正反対に、れんの身体は、硬くて、息も止めて、目の前の快楽にいっぱいいっぱいになっているようだった。


 わたしは、少し、顔を斜めに傾ける。そうすると、真正面から、重ねるより、口づけが深くなる。れんも不器用に、わたしの動きに合わせて、唇の位置をずらす。


「っ」


 れんの口から、甘い吐息が漏れる。それだけで、脳が沸騰したように熱い。もっと、そんな声を聴きたくなる。けれど、れんが再び、苦しそうに身じろぎをしたから、わたしは反射で顔を離した。


 お互いに抱きしめあったまま、至近距離で、二人そろって、目を開ける。視線が衝突して、見つめあって、頬を染めたれんが恥ずかしそうに視線を逸らす。


「なんで、やめるの」

「息、苦しいかなと思って」

「……なんか、ズルい。お姉ちゃん。キス、本当にはじめて?」

「はじめてだよ」

「……お姉ちゃんばっかり、余裕があるのやだ……不安」


 いつもと同じ、冷たい声色。鈴の音のような美しい声。それが、揺れている。普段の大人びた様子とは裏腹に、目の前のれんは幼げで、逸らされ伏せられた瞳は不安に揺れていて。そんなれんの姿を見ていると、愛しくてたまらなくなる。


 わたしは、れんの頭を撫でながら告げる。

 

「心配しなくても、本当にれんがはじめてだよ」

「じゃあ、好きって言って」


 れんはそう言って、懇願するようにわたしを見つめる。至近距離で、れんの美しさがわたしを求める。触れる体温は柔らかくて、暖かい。

 一番近くでれんの甘えを一身に受ける。それに抗う術をわたしは知らなかった。


「好きだよ。れんのことが好き」


 言葉にして、初めて、ストンと心に落ちた。そうだ、わたしはれんが好きなんだ。れんとの距離も関係も想いの性質も、目まぐるしく変わって、けれどそれだけはずっと変わらない。


 れんはわたしをぎゅっと抱きしめ、呟く。


「もっと、言って」

「好き。わたしは、れんのことが好き」


 れんの耳元でささやく。れんの身体が微かに震える。


「キスも、して」


 そんな言葉で、わたしたちは、向き合って、どちらからともなく唇を重ねる。


「お姉ちゃん、好き」

「わたしも好きだよ」


 キスとキスのすきまで、何度もそんな言葉を繰り返して。


 わたしたちの間を、数多のキスと好きが、埋め尽くした。

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