第45話 ダイスキ

 30件のメッセージがあります


 液晶の上で、見たことのない数字が躍っていた。わたしは慌ててロックを解除する。すると、即座にれんとのトークルームが表示された。いままでは、ずっと空白だった画面。それが、れんからのメッセージで埋まっていた。


「合宿所着いたよ!」


「遅くまで試合あって、大変だった。早くお姉ちゃんにラインしたかったのに!」


「わたしは今からご飯! お姉ちゃんはもう食べた?」


 初めの方はそんな近況報告。そこから


「お姉ちゃん!!!」


「ねえ、早く返事してよー」


 そんなメッセージが羅列され、最後の方は


「そっか、寂しいのはわたしだけなんだ」

「ねえ、返事してよ」

「お姉ちゃんとのラインだけを心の支えにして、一日頑張ったのに」

「お姉ちゃんは、わたしがいなくて寂しくない?」


 そんな悲し気な文面が並んでいた。最初のメッセージが三十分前。最後のメッセージが五分前。


 わたしは慌てて、慣れない動作で文字を打つ。


「ごめん。ご飯食べてた。わたしもれんがいなくて寂しかったよ。」


 そんなメッセージを送った瞬間、即座に既読の文字が付く。それから、間髪入れずに返信が返ってくる。


「お姉ちゃん。おかえり!!!」

「お姉ちゃんが中々返信してくれないから、泣きそうだった」


 わたしはれんの返信のスピードに面食らいながら、置いて行かれないように文字を打つ。


「ごめんね。」


「え―、どうしよっかなぁ」

「じゃあ、帰って、ごほうびくれるなら、許してあげる!!!」


「わかった。何か、ごほうびあげるね。」


 ごほうびという言葉に、れんの試合を観に行った日の一幕を、思い出す。れんにごほうびを求められて、頭を撫でて、ハグをして、モットと繰り返すれんにイジワルをして。もう一度、れんにおねだりをされたらわたしは何を差し出すのだろう。何をしてあげるんだろう。そんな想像の先は怖くて、けれど、一度送ったメッセージにはもう既読が付いてしまっていた。


 そんな、わたしの気持ちを置き去りにする様に立て続けにれんからメッセージが届く。


「やったー!!!」

「楽しみ!!!」

「お姉ちゃん大好き♡♡♡」


 あまりにもストレートな愛情表現に、ドキドキよりも先に驚きが来る。いつものれんからは考えられないようなハイテンション。あのクールで大人っぽくて綺麗なれんが、この文章を送っているという実感は湧かなかった。


 れんはどうやらラインになると、というか文字でのコミュニケーションになると随分と、その、お茶目さんになるようだった。プリクラを一緒に撮った時も、かなりはっちゃけた文字を並べていたし。


 そんな風に考え事をして、返信の手を止めていると、すぐにれんから追撃が来る。


「お姉ちゃんは、れんのこと好き?」


 時間が止まった。突如突き付けられた問い。一人きりの部屋の静寂のせいで、鼓動がやけに大きく聞こえる。液晶をなぞる指先は微かに震えて、文字が形にならない。送る言葉が固まらない。


「もしかして、れんのこと好きじゃない……?」


 れんの不安げな文字列。それが小さなころの泣き顔と重なって、気づいた時には、文字を送っていた。


「好きだよ。」

 

 画面に表示された文字にはっと我に返る。心臓がドキドキとうるさい。

 

 妹として、あくまで妹としてだから。内心で言い訳する。しかし、そんな言い訳を蹴とばすように、言葉の塊が、押し寄せる。


「れんもお姉ちゃん好き!」

「早く会いたいな。お姉ちゃんの声が聴きたいし、撫でてもらいたいし、お姉ちゃんの隣じゃないと、れんは寝れないから」


 それってどういう意味の好き?


 そんな疑問が降ってわいてくる。そしてノロノロと、何かにとりつかれたように浮かんだ疑問を、液晶に打ち込む。そして、それを送信する瞬間。更に、一件のメッセージが表示される。


「もう自由時間終わりで携帯触れない」

「もっとおしゃべりしたいのに」

「ごめんね。明日帰ってお姉ちゃんと会えるのを楽しみに、頑張るよ!」


 わたしは送りかけていた文章を慌てて削除し、代わりの言葉を送る。


「わかった。ありがとう。頑張ってね。」


「お姉ちゃん大好き! おやすみ」


「おやすみ。」


 やり取りを終えて、わたしはふぅっと息を吐いた。れんから届いた、いくつもの好きを、見返す。突如投げ出され、置き去りにされた、鼓動や頬の熱。


 わたしはベッドに寝転がり、携帯をぎゅっと抱きしめた。

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