第29話 コイビト

 日曜日のカフェは、流石に人が多くて、それでもすんなりと二人掛けの席に座ることができた。スイーツ専門のお店なので、フードコートや他のお店と比較してお昼ご飯目当ての人が少ないのが幸いしたのだろう。


 食べたいものは初めから決まっているので、メニューを軽く見てすぐに店員さんを呼ぶ。


 駆けつけてきたのは綺麗な女性の店員さん。

「ご注文お伺いします」

「えっと、この『カップル限定トロピカルパフェ』をひとつください」


 わたしは怪しまれないかドキドキしながら、メニューを指し示した。


「かしこまりました。カップル限定トロピカルパフェが一点ですね。他にご注文はよろしいでしょうか?」

「大丈夫です」

「それでは失礼します」


 店員さんは終始笑顔のまま注文を取って去っていった。わたしはほっと胸を撫でおろした。

 カップル限定。その言葉がまだ頭の中でぐわんぐわんと鳴っている。頬がやたらと熱い。わたしはお冷に口を付ける。するとれんが、追い打ちのように口を開く。


「今日はカップルだから」

「え?」

「カップル限定のパフェ、頼んだし、今日は恋人だから」

「確かに。実は姉妹だってばれたら大変だもんね」


 わたしはれんの言葉をそう解釈した。しかし、れんは少し不服そうに眉を歪めて、それから、テーブルの上に投げ出されたわたしの手に自分の手を重ねた。


「れ、れん!?」


 思わず声を上げる。しかし、れんはそんな声にはお構いなしで、指と指を絡めてくる。指の間に、れんの指が侵入してくる。れんの長い指が、大きな手のひらがすっぽりとわたしの手を覆う。


「恋人なら、これくらい普通」


 れんはそう言って、堂々としている。ぎゅっと、逃げ場をなくすようにわたしの手を握る。


 恥ずかしくて、顔が熱くて汗が止まらなかった。周りの視線が気になって仕方がなかった。なぜか、やたらと誰かに見られているような気がした。


 周囲からはどんな風に見えているんだろうか。姉妹か、友達か、恋人か。狙い通り恋人に見られていても恥ずかしいし見られていないなら、それはそれで困ると思った。


「あの、ちょっと恥ずかしいかも」

「けど、恋人だから」

 れんはそう言って、取り付く島もない。


「それとも、私と恋人、いや?」

「嫌じゃないけど……」


 れんの疑問符を一度でも拒めたことがあっただろうか。以前から、妹に甘い姉だという自覚はあったけれど、最近距離が近づくにつれて、それがより浮き彫りになっていっている気がする。本当に、どんなお願いなら、わたしは断るのだろう? 際限なく、何でも聞いてしまいそうで、その途方も無さが怖かった。


「よかった」


 わたしの答えにれんは無表情で呟く。けれど、歓喜を示すみたいに、手を握る強さが強くなる。その独特な感情表現が、姉性本能的なものを刺激して、後悔とか躊躇を全て洗い去って、だから、多分次も甘やかしてしまうんだろうな、なんて思う。


 そんな風に自分の羞恥や感情と格闘していると、先ほどと同じ店員さんが、大きなパフェを持ってくる。

「お待たせいたしました。カップル限定トロピカルパフェです」


 わたしたちの真ん中に鎮座したパフェ。色とりどりの果物や生クリームが乗っていて、幾層にも重なる中、二つのスプーンが添えられている。さすがに、ハート型の飲み口が連なったストローとかそういった類のものはなくて胸を撫でおろした。量が多い以外は普通のパフェと対して変わらなかった。


「じゃあ、食べよっか」

「うん」


 わたしたちは一緒にいただきますをして、スプーンを手に取る。それから、崩さないように、慎重にパフェを掬う。それを口に運ぼうとした矢先、もう一つのスプーンが、割り込んでくる。


「はい」

「え?」

「口、開けて」

「ここ外だよ!?」

「でも、恋人だから」


 れんはその一点張りで、てこでも引かない。わたしは観念して、口を開け、差し出されたものを口に収めた。甘さが舌に触れ、熱さが頬を襲った。


 流石に、誰かに見られてる。そんな視線を感じる。そりゃそうだ。だって外で、あーんはさすがに。

 パフェの味を楽しむどころではないわたしに更なる試練が。


「わたしも」


 そういってれんは、こちらに身を乗り出す。わたしは促されるまま、パフェを差し出す。間近でれんの綺麗な顔がスイーツを攫って行く。よく見ると、その頬は微かに紅潮していて、れんも恥ずかしくないわけではないということが分かった。


 恥ずかしいのに、恋人のフリまでして、このパフェが食べたかったんだ。れんの甘いものへの執着に感服する。


 それから、そんなれんの心意気に応えるように、わたしたちは恋人を続けた。



 満腹感と疲労感。その両方に苛まれながら、ショッピングモールを歩く。


 わたしは隣のれんに尋ねる。


「この後どうする?」

「もうちょっと一緒にいたい」

「……まだお昼間だしね。折角だから、遊んでいこうか」


 危ない。れんの言葉遣いに一瞬心臓が弾んだ。今日はいつにもまして、見た目が良いんだから、本当にやめてほしい。わたしが浮かれているということもあって、いつものれんの甘えに過剰反応してしまっているのかもと思った。お姉ちゃんなんだから、もっと気を引き締めないと。なんて、決意をした矢先。


 手が慣れ親しんだ体温に包まれる。先ほどと、同じ感触。指と指の間に、れんの指が侵入してくる。歩いている状態でそれは、もう完全にごまかしようもなく恋人つなぎだった。


「れん……?」

「だって、今日は恋人だから」


 それってカップル限定パフェのためのフリなんじゃ……?


 そう思ったけれどそう指摘したら、また、嫌? って聞かれそうでわたしは黙ってうなずく。それに、手を繋ぐのは別に嫌なわけじゃなく、むしろ嬉しかったりもして、だから問題は特になかった。その嬉しさを追求したら問題になりそうな気がしたけれど、浮かれる心で理性を無視した。


「そうだね、折角のデートだし、楽しもっか」


 そういってわたしたちは互いの体温に繋がれた状態で、ショッピングモールを歩いた。

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