第27話 ゼンジツ
遠足の前のようなそわそわとした気分。クローゼットの中で、真っ白に輝くワンピース。
わたしはクローゼットのドアに手をかけ、その輝きを眺める。
それにしても、今日の友香ちゃんは凄かった。店から店を縦横無尽に動き回って、服を探し出して。わたしは勧められるがまま、様々な服に袖を通した。
「普段はスカートのイメージだけどパンツスタイルもギャップがあっていいね」
「オフショルも持ち前の清楚さに大人っぽさが加わっていい感じ」
「地雷系っぽい服もこれはこれで意外と......」
試着室のカーテンを開けるたび、待ち受けるのはそんな賞賛の数々で、確かに、鏡に映る自分はいつもと雰囲気がガラッと変わっていて、友香ちゃんのセンスの良さにただただ舌を巻いた。そのことを伝えたら
「愛がかわいいからだよ」
と笑っていたけれど、あれは友香ちゃんの魔法だと思う。
そして、そんなやり取りの中でも特に友香ちゃんの反応が良かったのが、真っ白なワンピースだった。
「今まで着てもらったのも普段と違った系統で凄い良かったんだけど、やっぱり愛は清楚でかわいい系が似合うね。スッキリしたデザインで大人っぽさもあるし。愛の魅力も、ギャップも全部引き出されてて控えめに言って最高」
友香ちゃんに早口で絶賛されて、勢いに押されて、そのままレジへと向かってしまった。
わたしはもう一度、目の前の純白の衣装に視線を移す。もちろん、すごくかわいい服だと思うしとても気に入っている。けれど、自分に着こなせるか不安だ。
こんな風に新しい服を買ってドキドキするのなんて、本当に久しぶりの感覚だった。そして、その感覚が恐らく、れんによってもたらされたものだという事実をどう消化していいかはわからなかった。
妹とのデートを明日に控えているというだけで、こんなに落ち着かなくなるなんて。
とりあえず、今日はもうこのまま寝てしまおう。万が一、朝寝坊でもしたら大変だし、れんに格好がつかない。
そんなことを考えながらクローゼットの扉を閉めて、ベッドに向かう途中、ドアがコンコンとノックされた。わたしは何となくその主にアタリをつけながら、部屋のドアを開けた。
「今日も一緒に寝ていい?」
見上げた先には、やはりれんがいた。ドアが開いた瞬間、間髪入れずにそんな言葉を落とす。
「もちろん」
わたしはベッドに腰掛ける。れんも慣れた動作でわたしの隣に腰を下ろす。
あの日から、毎日れんはわたしの部屋を訪ねてきた。理由は聞いてないけれど、最近目の下に隈をよく拵えているところを見るに、恐らく不眠症気味で人肌が恋しいのだと思う。
朝に寝ぼけてれんを抱きしめてしまった時はどうなることかと思ったけれど、対して気にしていないのか、特に気分を害した様子もなくあの日以降も同じベッドで寝ている。というか、朝目が覚めると逆にれんに抱きしめられている時もあって、昔を思い出して朗らかな気持ちになる反面、意識が覚醒してからとてもドキドキしたりするので、大変だ。それでも、れんとの距離が遠かった日々を思えば、喜ばしいことなんだろうけど。
なんて、れんについて考えていると、珍しくれんの方から口を開く。
「あした、だね」
「そうだね」
「すごく、たのしみ。お姉ちゃんは?」
「……もちろん! 楽しみだよ!」
れんらしからぬ素直な言葉に思わず返答が遅れる。わたしよりも高い位置にある顔は、相変わらず氷の彫像のようにびくともしないけど、そんな表情が却って言葉一つ一つの真実味を強めているようで、そんな風に真っすぐに届いてくる感じを好ましく思う。小さい頃の活発で表情豊かなれんも、いまのれんもどちらもわたしのかわいい妹だ。
「明日朝早いし、もう寝ようか」
「うん」
れんがコクリと頷くのを見届けてから、ベッドに二人で寝転がる。わたしが壁にくっついて、れんはわたしにくっついて。ここ数日で確立されたいつもの形。電気のリモコンを手に取り、ボタンを押す。
部屋が暗闇に包まれ、常夜灯の微かな明かりの中、訳もなく二人で見つめあう
「なんか、遠足の前の日みたい」
ぼそりと、れんが言葉をこぼす。
「わたしもさっき同じこと考えてた」
「じゃあやっぱなし」
「なんでよ」
そんなれんの冷たい反応すらも心地よかった。ただ、れんの整った顔を見ていると、無性に意地悪をしたくなって、過去を掘り返す。
「けど、わたしが小学校二年生か三年生くらいの時、遠足の前の日、れん泣いてたよね。お姉ちゃんいかないでって。学校にお姉ちゃんがいないの嫌だって」
「……覚えてない」
やや間が空いて、れんは答える。
「ほんと~?」
「ほんとだし。ていうか、なんでお姉ちゃんはそんなどうでもいいこと覚えてるの」
「だって、あの時のれん、いつもわたしの後ろにくっついてきて、めっちゃかわいかったし」
「……いまは」
「え?」
言葉の意味が理解できず、聞き返す。
「今はかわいくないの?」
暗闇で限られた視界の中、れんの口元は少し尖っているように見えて、そんな様子に愛しさが溢れる。
「今も昔もれんはわたしのかわいい妹だよ」
そう言って頭を撫でると、れんは少し表情を和らげた、気がした。
「ならいい」
そのまま再び静寂が走る。わたしはなんとなく、れんの頭を撫で続ける。そうすると、なぜかわたしのほうが落ち着いて、意識が溶けていく。
そんな折、れんはぼそりと呟く。
「お姉ちゃんはさ、約束、覚えてる?」
やくそく。その言葉にこの前れんと結んだ小指の感触を思い出す。
「もちろん。明日とっても楽しみ」
言葉が眠気と混ざり合ってふにゃふにゃとよろける。そのまま、眠気の方につんのめって、倒れてしまいそうなくらい。
「……そうだね」
れんの言葉は肯定と裏腹に少し寂しそうで、その意味を考える前に、意識が輪郭を失った。
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