第26話 恋の白旗
夕焼け空を美しく感じ始めたのと、れんと出会った季節は同じだったように思える。
れんが私の前に現れてから、世界の解像度が上がった。数瞬も逃さぬように開かれた眼は目の前のもの全てを鮮明に捉えた。世界から受け取るものの質量が大きくなった。もちろんそれは、美しさだけじゃなく、痛みや悲しみも含めての話だけれど。
部活終わり、正門から数分歩いた先にある十字路までの時間。隣のれんの姿を目に焼き付ける。ハードな練習をこなした後にも関わらず、今日のれんはやけに楽しげだ。足取りは軽く、鼻歌まで歌っている。その様子に、なんとなく嫌な予感がする。小規模な絶望に向けて、心が準備を始める。そんな自分の内面の屈折具合に、自嘲する。れんと出会って、世界は綺麗になったけれど、私自身はどんどん醜くなっていっている気がする。
そして、やめとけばいいのに、私はれんに尋ねる。
「なんか嬉しそうだね」
「別に、そんなことないよ?」
私が尋ねると、れんは鼻歌をやめて、いつもの調子を繕って答えた。でも、夕焼けを反射して輝く瞳は依然として喜びの色に染まっていて、その美しさが私の胸を刺す。れんを見つめ続けた日々が、れんのどんな変化も逃さずに捉え、そんな敏感さが心の逃げ場を奪う。
「そっか」
「あ、けど。友達は、気になる人と日曜日にデートすることになったらしくて。強いて言うなら、それが一番嬉しいことかな」
そう言って、れんは笑う。その無防備な笑顔は、私に気を許していることの証左で在り、私が勝負の土俵にすら立てないことの証左でもある。
惹きつけられて、刺される。そんな喜びと痛みを繰り返して。
「そっか、それは嬉しいね。ちなみに、その友達はどこでデートするの?」
「近所のショッピングモール! 食べたいカップル限定メニューのパフェがあって、それを口実に誘ったらしいんだよね」
いつにもまして口数の多いれん。その一言一言が私にとっては刃なのだと、知る由もない。
「けど、一個悩んでることがあるらしくてさ。服、どうしよう。気合を入れたいデートの時は何を着ればいいんだろう? 普段は部活以外であまり外に出ないし、その人と出かけるのも本当に久しぶりで。あ、久しぶりらしくて。」
その言葉のほころびを突く気にもなれない。私は、せめてもの抵抗で全然ムードの出ない服を勧めようかと考えて、頭の中でれんを着せ替え人形にする。
例えば、女の子らしさを抑えたジーパンに全然デートっぽくないラフなシャツ。
……ダメだ、パンツスタイルはれんの足の長さが強調されて、ラフなシャツもボーイッシュな髪形とよく似合って、むしろかっこよすぎる気がする。それで、背が低くて女の子っぽいお姉さんと並んだらむしろカップル感が増しちゃうような。
じゃあ、逆に、れんの普段のイメージとはかけ離れたショート丈のワンピース。
……これもだめだ。クールな表情とフェミニンさのギャップに、想像だけでもかわいいってわかる。
れんのビジュアル、強すぎる。とても敵わない。何を着せても、似合ってしまう。
わたしは内心で白旗をあげて、答える。
「多分、その子が選んだ服なら、何を着ても正解なんじゃないかな? 着たい服を着てれば相手の人も喜んでくれると思うよ」
「そうかなぁ。けど、りらが言うならそうなのかも! ありがとう!」
その微笑みを見て、好きだと思った。好きな人の笑顔って魔法だ。自分の世界にはこれだけがあればいいって軽率に思えてしまう。
そして、そんな盲目的幸福はいつだって執着の呼び水になる。れんの魅力には白旗をあげたけど、この恋だけは、まだ、諦めたくない。
いつもの十字路でれんと別れた後、わたしは制服のポケットからスマホを取り出す。
そして、私と同じ境遇の彼女にメッセージを送る。
「日曜日、空いてる?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます