第25話 カワイイ
教室の普遍的な喧騒の中、密やかに先ほどのれんの言葉を脳内で繰り返す。
でーと
その言葉をあえて使ったのにはどういう意味があるんだろう? 何となく使っただけ? それとも……
いやいや。多分、おじいちゃんおばあちゃんが普通のお出かけを大げさに言うのと同じ感覚なんだろう。逆にそれ以外、何があるというのか。
思考が火照ったり、冷えたり、両極端を行ったり来たりする。まるで、わたしとれんの距離みたいだ。姿も見えなくなるくらい離れたかと思えば、今度は目いっぱい近づいてきて、視界全部がれんの瞳や体温で埋められて、どのみち何も見えなくなる。適切な距離とか、心の置き所とか、近すぎてわからなくなる。灯台下暗し的な。むしろ、れんの放つ輝きが強すぎて、無理やり下が作られているような。
そして今も、思考の行き先を見失っている。近すぎる場所で光を放つ灯台は、行き先を照らすどころか、その眩しさで目をくらませる。
「はー」
「ため息ついて、どうしたの?」
前の席から、友香ちゃんが振り向く。
「実は、れんと日曜日お出かけすることになってさ」
デートって単語とか、カップル限定パフェとか、誤解を生みそうな言葉は避ける。
「え、よかったじゃん。もういよいよ仲良し姉妹って感じだね。でも、それじゃなんでため息? 楽しみじゃないの?」
「いやもちろん、楽しみなんだけど」
そう、楽しみ。それは間違いない。ただ、れんから放たれた“でーと”って言葉に過剰に動揺する自分とか、他にも等身大の悩みが幾つかあって。
わたしは友香ちゃんに話せる悩みを取りだす。
「着ていく服が無いの」
「え、愛が普段着ている服、どれも普通にかわいいじゃん」
「けど、れんの隣を歩くってなった時に恥ずかしくない服が一着も無くて」
れんは、その恵まれた容姿とスタイルでどんな服もモデルさんみたいに着こなしていて。
そんなれんの隣で、姉として胸を張って歩けるような服、わたしの持ち合わせのなかには一着も無かった。
「考えすぎじゃない?」
「そうかもだけど……」
でも。
本当に久しぶりのお出かけ、れんにがっかりされたくない。姉としてれんに恥ずかしい思いをさせたくない。ただでさえ、れんよりも背が低くて、かわいくもなくて、だからせめて服だけは。
わたしが俯いていると、友香ちゃんがガシっとわたしの肩を掴む。
「いい? 気づいてないかもだけど、愛は妹ちゃんに負けないくらいかわいいの。だからもっと自信持ちな……って言っても、一朝一夕でその自己肯定感の低さは変わらないと思うから、土曜日の昼間、空いてる?」
唐突な問いに思わずうなずく。
「愛が自信満々で妹ちゃんの隣を歩けるくらいの服、一緒に探しに行こう」
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