第23話 シカエシ

 閉じられた意識をこじ開けたのは、目覚ましの音ではなく、人の気配だった。


 わたしはゆっくりと目を開く。ぼやける視界の中、目の前に、れんの瞳があった。視線が交差した瞬間、れんは慌てたように瞳を逸らした。

 それを追っかけるように、わたしは呟く。定まらない意識が浮かんだ言葉を全て声にする。


「れんー」

「お、おねえちゃん!?」


 わたしは“いつも”するみたいに、れんの身体をぎゅっと抱きしめる。れんはなぜかそれに驚いて、身体を硬直させる。


「れん~」

「お姉ちゃん……」


 れんが困惑の声を上げる。わたしはそんなれんにもお構いなしで、甘えるように、甘やかすように、ぎゅっと、その身体を抱きしめる。お互いの体温が密着する。わたしはこの時間が好きだ。ふわふわとした、朝の時間、れんとまどろみの中で身体を寄せ合うひと時が。

 すべすべとして柔らかなれんの肌は心地よくて、その体温は暖かで、いつまでもこうしてたくなる。


 それにしても、今日のれんの体温は暖かというよりも熱い。顔もなぜか真っ赤だし、わたしに抱きしめられるのが恥ずかしいみたいに、ぎゅっと目を瞑っている。それに態度も、何か変だ。“いつも”なら嬉々として抱きしめ返してきて、二人でじゃれあうのが定番なのに、今日はやけに大人しい。あとは、抱きしめ心地も違う、“いつも”なら、もっとぴったりと、わたしの身体に収まるのに……


 そこまで、考えたあたりで、ゆっくりともやが晴れ、事実が明らかになる。


 れんが一緒に寝ているのは、昨日わたしの部屋を訪ねてきたからで、わたしたちはもう、子供ではなく、高校生だ。


 急激に意識が覚醒する。


「あわわ、れんごめん! わたし寝ぼけてて」


 そう言って慌てて身体を離す。それから、横たえていた身体を起こす。


 れんも身体を起こした後、突如正気を取り戻したわたしを呆然と見つめて、ぼそりと呟く。


「お姉ちゃん、朝、弱いもんね」


「ほんとに、ほんとにごめん!」


 わたしは、目の前の仏頂面に謝り倒す。いつもの無表情が、怖い。わたしよりも高い位置にある顔は、その綺麗さも相まって威圧感が凄くて、こんな美人さんを子ども扱いするように抱きしめていたという事実に頭を抱えたくなる。そりゃ、いい気分しなかったよね、と、れんの様子を恐る恐る伺う。


 れんは何事か考えるように俯いていた。その表情は真剣で、わたしはどんな怒りの言葉が飛んでくるのかと、身構える。


 幾ばくかの時間がたったあと、れんは意を決したように告げる。


「いいよ。その代わり……」


 言葉の空白を埋めるように、れんがこちらに身体を傾ける。すぐに、お互いの存在が絡まって、落っこちるように、再びベッドに横たわる。れんは、その大きな身体でわたしを包み込むようにして、抱きしめる。身体の自由が全部、れんによって奪われる。されるがまま、れんの柔らかな暴力を必死に受け止める。

 

 れんは、支配下に置いたわたしの一部、耳元に口を近づけて、囁いた。


「しかえし」


 その無邪気な四文字で、頭の中が沸騰するように熱くなった。昔と同じような、じゃれあいのはずなのに、どの記憶を漁っても、こんな感覚存在しなかった。


 押し寄せるれんの体温や質量を必死に咀嚼する。そんな、“いつも”とは違う、心臓に悪い朝の始まりだった。

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