第20話 オカワリ?
お昼休み、弛緩した空気。その中でいつも通り、わたしと友香ちゃんは席をくっつけて、言葉を交わす。
「島本さんとはあの後どうだった? 嫌なこととかされてない?」
「大丈夫だったよ。ちょっと……告白に手違いがあったみたいで、それについて謝られただけ」
自分でも苦しい説明かなと思うけれど、まさか、島本さんが本当はれんのことを好きだったなんてわたしの口から言うわけにもいかない。
「そっか。それなら良かったよ」
存外あっさりと友香ちゃんは納得してくれた。わたしはほっと胸を撫でおろしたあと、話を変えるついでに、気になっていたことを尋ねる。
「それにしても、友香ちゃんはいつ島本さんと仲良くなったの? 友香ちゃんから、伝言が届くと思ってなかったからびっくりしたよ」
「仲良くなったってわけじゃないけど、ちょっと色々あってね」
友香ちゃんはそう言って微笑む。珍しく歯切れが悪い。その様子に内心で首をかしげていると、教室のドアがガラガラと空いて、既視感のある喧騒が場を包んだ。
ドアの方に視線をやると、そこにはコンビニのビニール袋を携えたれんが立っていた。
「最近は毎日だねぇ」
友香ちゃんはそう言ってからかうようにニヤニヤとする。
「どうしたんだろう? ちょっと行ってくるね」
わたしはそう言って教室後部のドアへ向かう。クラスメイトは飽きもせず、そんなわたしに視線を浴びせる。注目されるのは得意じゃないから、早足でれんの元に向かう。
「れんどうしたの?」
わたしの問いかけにれんは堂々と答える。
「ご飯、食べに来た」
まるで、当たり前のように。その立ち居振る舞いと昨日の赤面はとても同一人物とは思えなかった。
「怪我は治ったんじゃなかったっけ……?」
わたしが、控えめに思いついた疑問を口にすると
「そうだけど。怪我してないと、一緒にご飯食べてくれないの?」
固い口調のまま、甘えてくる。わたしは微笑んで、首を横に振る。
「そんなことないよ。ちょっと、友香ちゃんに聞いてくるね」
そう言って、あやすように、つま先立ちで背伸びをして、れんの頭を撫でる。
すると、れんは驚いたように、身を引く。
「お姉ちゃん、ここ、外」
れんの指摘と同時に、教室が変にざわついているのに気付く。顔に熱が集まる。わたしは踵を返して俯きながら、自分の席に戻った。
「見せつけてくれるじゃん」
友香ちゃんがニヤニヤしながら、楽しそうにからかってくる。
「違う。あれは反射で」
わたしは言い訳するように呟く。最近、れんとの距離が近くなりすぎてて、気が抜けていた。
「まあ、前と比べてだいぶ仲良しになれてていいじゃん」
「そう、だね」
今度は近くなりすぎて悩んでいるとも言えず、わたしは曖昧に頷く。
「それで、今日も妹ちゃんと食べるんでしょ? 私もちょうど先約があるから、私のことは気にせず、行っておいで」
「わかった」
友香ちゃんの言葉にわたしは素直に頷いて、パンの入ったビニール袋を抱えて、逃げるように教室を飛び出した。
屋上には、今日も誰もいなかった。
わたしたちはこの前と同じ建物の影に腰を下ろし、隣同士、むしゃむしゃとパンを頬張っていた。わたしはコロッケパンで、れんはクリームパン。
グラウンドから、生徒のはしゃぐ声が聞こえる。そんな音が、この場の静寂を目立たせる。昨日のことや、先ほどのことで、お互いに気まずいのか、会話はなかった。それでも、ただ気まずいばかりではなく、すぐ隣にれんがいることで弾む気持ちや、そわそわする気持ちもあって、そういうのを全部ひっくるめて沈黙は存在していた。
互いに黙々と食べ進めていたこともあり、パンはすぐに胃袋の中に納まった。わたしは、れんはもう帰っちゃうのかな、と隣をこっそり伺う。すると、れんも同じくこちらを見ていて、自然と目が合った。
「どうしたの?」
わたしは微笑みながら首をかしげる。
すると、れんはぼそりと呟く。
「おかわり」
その謎めいた単語に頭を悩ませる。それから、もっとなにか食べたいってことかな、と推察する。
「ごめん。わたしパンさっきのしか買ってなくて」
「ちがう」
れんは首を振る。それから、身体をこちらに向き直らせて、わたしの手を取る。涼し気な表情とは裏腹に暖かな体温が手のひらを包む。
れんはそのまま、わたしの手を自分の頭の上に乗せた。
「さっきの、続き。もういっかい」
わたしはその言葉でやっと合点がいって、身体をれんの方に向けて、膝立ちのような姿勢で手を伸ばす。それから、れんの頭を優しくなでる。
れんはわたしが撫でやすいように背を丸めて、目を閉じていた。その表情は心なしか緩んでいて、暖かな物が心を走る。
「れんってもしかして撫でられるの好き?」
「べつに、好きじゃないけど。さっきは中途半端だったから」
よくそこまで器用に冷たい感じを維持できるものだ、と感心するような声色でれんは告げる。その癖、手をれんの頭から離そうとすると
「いや」
そう言って、わたしの手を掴んで自分の頭の上に乗せ直す。
そんな仕草を、かわいいと思う。多分、好きな子に意地悪したくなる男子の心境ってこんな感じなんだろう。
「わたしがいいって言うまで、やめたらだめだから」
そんな我儘な言動も微笑ましくて、わたしは何度も、れんの柔らかな髪を撫でた。
結局、れんから、「いい」っていう言葉が出ることはなくて、予鈴のチャイムが鳴るまで、わたしたちはそんなやり取りを続けた。
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