第16話 うそつきなふたり
私がその推測に至ったのはひとえに総持先生のおかげだった。
総持先生の新刊は、兄に想いを寄せる弟と、その弟に想いを寄せる弟の友人を書いたシリーズ。そして、今回の新刊では、その友人が、兄弟間の禁忌の恋を諦めさせるために、想いを寄せる弟ではなくその兄に告白をするという、筋書きになっていた。
『その子、聞き間違いじゃなかったら、去り際にれんの名前を呟いてて』
そんな愛の説明を受けて真っ先に思い出したのは総持先生の新刊の内容。そして
『それが、告白してくれた子、れんのチームメイトみたいで。昨日冷水機の近くでれんとすれ違った時にいたバスケ部の集団の中にその子もいたのを覚えていて』
私も“その子”を覚えていた。やけにこちらを睨みつけてきていた、背の高い女の子。その時は、気のせいだと思っていたけれど、どうやら気のせいではなかったみたいで。
今、そんな私の記憶と輪郭を同じくした少女が目の前で怪訝そうな表情を浮かべていた。
「誰?」
几帳面そうな顔のパーツを疑問でゆがめて、島本さんは尋ねる。
「私は高槻友香。あなたが告白した川井愛の友達」
私のご挨拶に、島本さんは驚愕の表情を浮かべる。
「なんであんたがそれを……」
私は、島本さんのその反応の良さに、楽しくなってきて、遅れて怒りも思い出して、よくわからないテンションで滔々と語る。
「知ってるよ。あなたが愛に告白したこと以外にも、色々と。例えば、あなたが本当は愛のことを好きじゃないことも、妹ちゃんのことが好きなことも。今も、二人の時間の邪魔をするために、妹ちゃんの後をつけてここにいるってことも」
私の言葉に、島本さんは目を見開く
「なんでそこまで......気持ち悪いんだけど」
不貞腐れたように、呟く。その身勝手な反応が凄く、人間って感じで笑えた。そうだ、人間ってこうだった。愛とばかり過ごしていると、ついつい忘れそうになる。
久方ぶりに辟易として、そこに怒りも乗っかって、言葉という形になる。
「一つ言っておくけど、あなたが今私に対して抱いている嫌悪感の何倍も、私はあなたのこと嫌いだから。傷つくことを恐れて自分の気持ちから逃げて、それなのに回りくどい方法で中途半端に執着して、うそまでついて。自分の臆病に他人を、愛を巻き込むなよ」
言葉の形をした刃で相手を切りつけているような実感があった。
実際、私の言葉に島本さんは打ちのめされたような表情を浮かべた。唇がわなわなと震え、その隙間から、か細い声が漏れた。
「だって、仕方ないじゃない。れんの隣にいたら、痛いほどわかるんだから。私の恋が叶うことは絶対に無いって。れんの言葉や表情、全部がお姉さんの方に向いていて、そんな異常な執着に敵うわけがないって。だから、私がれんの目を醒まさせようと思って......」
推測通りの独白。私は呆れ声で言葉を並べる。
「それで、愛にうその告白をしたってわけね。あなた、色々と無茶苦茶よ。第一、妹ちゃんの愛への感情は、確かに妹が姉に向けるにしては大きすぎるかもしれないけど、あなたの恋を妨げるようなものではないでしょう。あなただってそれなりに長い友達なら知ってるでしょ? あの姉妹の環境とか事情とか。それを鑑みたら互いへの感情が大きくなってしまうのは致し方が無いし、それが恋だなんてそんなの、小説の世界の話じゃないんだから」
そりゃ私だって時折、あの姉妹の関係性をBLとこじつけて話したりはするけど、それはあくまで一種の厄介腐女子ムーブをしてるだけであって、そんな小説みたいな話が本当にあるだなんて、信じられない。
しかし、島本さんは私の言葉に、まるで嘲笑するように答える。
「あんた、何も分かってないのね」
「どういう意味よ」
「言葉通りの意味よ。それに自分の気持ちから逃げているのはあんたもそうでしょ? あんただって、お姉さんのことが好きなのに、気持ちを隠して隣にいるんでしょ? あんた、れんと似た表情をしてるもの」
島本さんは、そういって、勝ち誇ったように唇をゆがめた。言葉の意味がわからない。ただの言いがかりだ。私は即座に、意を唱えようとする。
「私は別に……!」
しかし、想いの全てを言葉にする直前、ある一つの思い付きが、脳裏をよぎった。
私が愛のためにできること。あの姉妹の平穏を、守るためにできること。
気づいた時には口から言葉が溢れていた。
「実はそうなの。私もずっと愛に片想いしていて、けれど気持ちを伝えるのが怖くて、逃げてばかりで。だからさっきは同族嫌悪で、強く当たっちゃった。ごめんなさい」
「急になによ」
私の態度が先ほどとあまりにも違うので、島本さんは困惑している。私はその隙に付け入るように言葉を並べる。
「だから、私たち片想い同士で協力しない? お互いの恋のために。いわば、同盟関係ってわけ」
私の突然の提案に、島本さんは何かを考え込む。それから、強い口調で告げる。
「いいわよ。あんたのことは気に入らないけど、同盟関係とやらにはなってあげる。けどそのあんたの提案を受ける代わりに、一つ私のお願いも聞いてもらうわ」
なんで、こいつ上から目線なんだ。第一、後輩なのにタメ口だし。生真面目な見た目の割に礼儀のなってないやつだ。内心で毒づく。しかし、そんな素振りは一切見せない。
恋に狂った人間は何をしでかすかわかったもんじゃない。だから、適当に理由を付けて、私の管理下に置く。あの姉妹は、妹ちゃんは今やっと愛に歩み寄ろうとしているんだ。それを、こんな奴に邪魔させるわけにはいかない。愛を守るためなら、それくらい何でもない。
そんな決意を一瞬で固めた後、今更気づく。
私も島本さんのこと言えないくらい、うそつきだ。
そんな風に自嘲してから、答える。
「わかった。なんでも聞くよ。」
私の言葉に、島本さんは、安堵したように大きく息を吐いて、告げる。
「それじゃあ、お姉さんに伝えて。放課後、もう一度、体育館裏に来るようにって」
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