第11話 ナイショ?

 放課後、正門を出た後はいつだって解放感に包まれる。雲一つない青空を中心に風景が広がったように感じる。しかし、今日はその解放感の先に引っ掛かるものがあった。


 その周辺をなぞるように、友香ちゃんが尋ねる。


「それで、告白はどうだった? ちゃんと返事できた?」

「うん。友香ちゃんのおかげでちゃんと自分の気持ち伝えられたよ。色々相談に乗ってくれてありがとうね」

「おお、それは良かった。愛もよく頑張ったねぇ。えらいえらい」


 そう言って、友香ちゃんはわたしの頭を撫でる。彼女の手は大きくて暖かい。わたしは、しばらく心地のいい感触にされるがままになったあと、控えめに事実を差し出す。


「けど、もしかしたら、相手の子を傷つけてしまったかもしれなくて」


「告白を断る時点で、ある程度は仕方ない。正直に自分の気持ちを伝えることが相手への最大の誠意なんだから、あんまり気にしないほうがいいよ」

 友香ちゃんはそう言って慰めてくれる。


「いやそれが、なんか傷つけたというか、切羽詰まってる感じだったというか。その子、聞き間違いじゃなかったら、去り際にれんの名前を呟いてて」


 わたしの言葉に友香ちゃんの顔が途端に険しくなる。


「なんでそこで妹ちゃんが出てくるわけ?」


 友香ちゃんの声は今までで聞いたことが無いくらい、冷たかった。わたしはそんな彼女に慌てて説明を加える。


「いや、それが、告白してくれた子、れんのチームメイトみたいで。昨日冷水機の近くでれんとすれ違った時にいたバスケ部の集団の中にその子もいたのを覚えていて。だから、れんと面識が無いってわけじゃないんだけど……」


 わたしの要領を得ない説明をじっと聞いた後、友香ちゃんは腕を組んで何やら考え出した。


 静寂が続き、二人分の足音だけが鼓膜に響いた。そして、わたしと彼女がお別れをするT字路に差し掛かった頃、彼女はおもむろに言葉を取り出した。


「もし、私の推測が正しいのならば、私、その子のこと嫌いだな。というか、許せない。愛はあんなにいっぱい、真剣に悩んだのに」

 友香ちゃんの声は怒りで震えていた。


 わたしは、そんなふうに感情を前面に出す彼女の姿も、誰かに怒りの矛先を向ける彼女の姿も初めてで、どうしていいかわからず声を失った。


「友香ちゃん……?」


 わたしの縋るような問いかけに、友香ちゃんは、はっと我に返るような表情を浮かべて、それからいつもの穏やかな声色で

「ごめん、怖かったよね。大丈夫。愛は何も悪くないよ」

 そう言って、頭をぽんぽんとあやすように撫でてくれた。


 れんほどじゃないけれど、わたしより高い身長とその頼もしい様子から、たまに彼女のことをお姉ちゃんみたいだと思う。わたしよりも、はるかにしっかりしていて、頼りになるお姉ちゃん。


「それで、愛。その子の名前は?」

「えっと、確か。島本りらさんって名前だったと思う」

「分かった。島本さんね」

 友香ちゃんは口の中で転がすように、その名前を小さく繰り返した。


「愛。もしその子にこれから先、なにかまた言われたら私に相談して。少し思い当たるふしがあるから。それと、私の方でもその子のことどうにかできないか、ちょっと動いてみるよ」

「あの、怒ったりはしないであげてね。その子、良い子っぽかったし、れんのお友達だろうし」

「愛は本当に優しいね。大丈夫だよ。別にその子をとって食べようって訳じゃないから。ただ、私の予想が正しければ、その子はきっと、また、愛のところに現れるからさ」

「予想って……?」

「それは、内緒」


 友香ちゃんはそう言って笑った。そんな笑顔と共にわたしたちは、いつもお別れをするT字路にたどり着いた。岐路の真ん中に置かれたオレンジ色のミラーがわたしたちのことを見守っていた。


「ばいばい。いろいろとありがとう」

「大丈夫よ。愛を守るためなら、私はなんだってするから。それじゃあ、また明日ね」


 そんな風に冗談めかして、友香ちゃんはわたしとは反対の道へと消えて行った。


 わたしを守るため。


 残された言葉がわたしの胸中と共鳴した。わたしもれんを守るためにもっと頼れるお姉ちゃんにならないと。


 そんな気持ちが高ぶって、胸の前でこぶしをぎゅっと握ってから、家へと続く道を歩き始めた。とりあえずは、帰って、れんのためにもご飯を作らないと。

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