第13話 皇太子の暗殺を阻止せよ

 大急ぎで着替えた私とリヒトは馬車に飛び乗った。かなり飛ばしたけれど宮殿にたどり着いたのは太陽が昇った後だった。早朝の警備にあたっていた騎士に事情を話し、特別になかに入れてもらってピアノがある広間を目指す。

(アーネスト殿下、どうかご無事で!)

 走り慣れていない足を頑張って動かして、金の柱がある角を曲がり、甲冑のまえを通り過ぎる。

 廊下に差し込む朝日が強くなってきた。このままでは間に合わない。


「リヒト、先に行って!」

「姉さんを一人にはできません」

 私の手を引いていたリヒトは振り返った。表情は冷静だが珍しく汗をかいている。彼なりに焦っているのだ。旧知の仲であるアーネスト殿下の命が危ない状況で、のん気にエスコートを気取れるはずがない。

「いいから! 私のことは放っておいてアーネスト殿下をお守りして! 彼が殺されてしまったら、私は絶対にあなたと結婚しないわよ!」


「――わかりました」

 柳眉を逆立てたリヒトは、何を思ったか私の体を横抱きにした。いわゆるお姫様だっこに目を白黒させる私を抱いたまま、猛然と廊下を疾走しだす。

「ち、ちょっとリヒト!」

 人一人抱え上げているとは思えないスピードだ。

 さすが騎士団で鍛え上げていることはある――と感心する余裕もなく、私は上下に揺さぶられる。振り落とされそうで彼の首にしがみ付くと、抱きしめる腕に力がこもった。

「あそこですね」


 広間にたどり着いたリヒトは、ブーツの踵で扉を蹴り開けた。

 強盗のように中に押し入ると、無防備なアーネスト殿下とナイフを持って背後に迫る男がいた。

「だ、誰だお前たちは!?」

「アーネスト殿下をお救いする者よ!」

 叫ぶ私を床に下ろしたリヒトは、一足飛びで殿下の背後をとり、抜いた剣で男のナイフを弾き飛ばした。宙を舞うナイフは壁に突き刺さる。

 邪魔が入るとは思っていなかった男はうろたえた。逃走しないよう、リヒトがその喉元に剣を突きつける。

「この男は試演奏を口実に殿下を呼び出し、刺殺そうとしていました。姉さんが予知夢を見てくださったので駆けつけたんです」


「イライザ殿が……」

 ようやく自分が殺されるところだったと気づいた殿下は、射抜くような眼差しで男を睨みつけた。

「誰の命令で俺の命を狙った?」

「誰も命令でもない。私自身の復讐だ。私の才能を見出してくださった皇帝陛下を殺した人間を、どうして許せようか……!」

 皇帝の後援を受けていた男は、アーネスト殿下が皇帝を刺殺したと思って逆恨みしたようだ。

 私は殿下の隣に歩いていって男を見下ろす。


「アーネスト殿下を犯人ではないかと疑う者がいるのは事実です。しかし、私は殿下が犯人だとはどうしても思えません。立太子を済ませて次の皇帝になることは内定していましたし、病床の皇帝陛下を誰より案じて大切にされていた方ですもの」

 父は、事あるごとにアーネスト殿下と皇帝の絆を語っていた。

 老い先短いと悟っていた皇帝は、政に必要な知識を殿下に話して聞かせていたのだという。それを殿下は書きとめて、熱心に勉強していた。

「皇帝陛下の御心を誰より理解していたアーネスト殿下だからこそ、弔いのための鎮魂歌の製作をあなたに依頼したのではありませんか?」

「陛下の、御心……」

 男は自らの過ちに打ちのめされた顔で脱力した。もはや抵抗する気力はないだろう。


 リヒトは剣を納め、アーネスト殿下に向かってかしずく。

「皇太子殿下、この者の処罰をお決めください」

 誤解がきっかけとはいえ、皇族の命を狙った罪は重い。一般的に暗殺者は極刑だ。事情を加味しても、終身刑や国外追放などに処されて普通の人生を歩むことは許されない。

 アーネスト殿下は、腕を組んで十秒ほど考えた後、腹を決めた様子で顔を上げた。

「この者には蟄居三年を命じる。ただし皇帝陛下への献身を鑑みて、陛下の喪が明けるまでは執行猶予だ。それなら葬儀にも十分間に合うだろう」

「ご葬儀の演奏を、私に任せていただけるのですか?」

「鎮魂歌はお前に任せたいと生前の陛下がおっしゃっていた。他の人間にはやらせない」

「ありがとうございます」

 男は、アーネスト殿下の判断に感動して涙を流した。


 私もまた、殿下の懐の深さを思い知らされて感服していた。

 不満そうなのはリヒト一人だ。

「本当にいいんですか。あなたを殺そうとした人間ですよ」

「陛下が信用した男だ。また殺されそうになったって、イライザ殿が守ってくれるさ。なあ?」

「はい!」

 予知夢は完全無欠ではないのだけれど、アーネスト殿下は私を信用してくれるようだ。

 これからもよく眠り、よく夢を見ようと誓う私は、ふと思った。

(ベルは、アーネスト殿下が殺される夢は見なかったのかしら?)

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