第11話 皇太子の思い出~継承権を持つ子ども~

 イライザが出ていった扉を見つめて、アーネストは微笑む。

「素晴らしい令嬢だな。お前が惚れたのもわかる」

「横恋慕しないでくださいよ。そうなったら本気で斬ります」

 念を押しつつ、おかわりのスープをよそってくれるリヒトに、アーネストは存分ににやにやした後で真顔になった。

「イライザ殿は知らないんだよな。お前が本当は公爵の息子ではないってことを」


 ここだけの話、アーネストはリヒトが皇女の息子だと知っていた。

 ルーデンベルク公爵が教えたのではない。自ら調べ上げたのだ。

 第一子として順当に立太子されたように見えるが、その道のりは簡単ではなかった。皇妃の息子である第二子ケルビンを推す勢力によって、幾度となく命を狙われたのだ。

 身の危険を感じたアーネストは有能な側近で周囲を固め、独自の情報網を駆使して国中の貴族や有力者の動向を探った。その過程で引っかかったのが、リヒトという少年を引き取ったルーデンベルク公爵だった。

 愛人の子ということになっていたが、公爵は愛妻家で有名だ。貴族は一般的に妻に先立たれた後には後妻を迎えるが、皇帝が何度勧めても公爵はやんわりと断っていた。

 そんな人間が愛人を持ち、七歳にもなる隠し子を今さら家に入れるだろうか?


 疑いを持って調べたら、駆け落ちして行方をくらませた皇女の息子だと判明した。

 つまり、リヒトはアーネストの従兄弟だ。継承順位も高い。

 アーネストは真っ先にルーデンベルク公爵の裏切りを疑った。養子にした少年を皇帝にして、自らは摂政として国を操る野望を抱いているのではないか。

 もしもアーネストの即位を邪魔するつもりなら、その少年は始末する必要がある。

 手を汚すことに罪悪を感じなくなっている自分に辟易しながら、アーネストはこっそり公爵家をうかがいに行った。駆け落ちした叔母の息子に興味があったし、顔も見ないまま暗殺しては可哀想だとも思ったのだ。

 しかし、公爵の方が一枚上手だった。アーネストがリヒトの出自を探り当ててくると勘づいて、屋敷の周囲にいたところを確保し、正式な客人として公爵家に招待したのだ。


「公爵は、俺とお前を面会させて従兄弟の挨拶をさせてくれた。その場に兄のジョシュアは同席したがイライザ殿はいなかった。教会に目をつけられていた娘を通じて、お前の情報が漏れるのを警戒したんだろう。当時から皇妃とケルビン殿下は教会に深く食い込んでいたからな」

「姉さんに教えなかったのは、単に命を危険にさらさないためですよ」

 スープ皿をアーネストの前に置いて、リヒトは壁にもたれかかった。

 この騎士は、近くに家族がいないと凍りつくほど冷たい目になる。それは騎士団長の前でも、アーネストの前でも同じだ。

 リヒトはまだ十六歳と若いのに、精神はすでに孤高だった。

「父さんはアーネスト殿下を信用していました。ルーデンベルク公爵家で保護したのは亡き皇女の願いを聞き届けるためであり、俺を皇帝にして国を乗っ取るつもりはないと表明する念書まで用意していたでしょう」

「あれには驚いた」


 アーネストの前に念書を出した公爵は、リヒトの同意のもとでサインした。公爵もリヒトも帝位にはまったく興味がなく、それが逆にアーネストには面白く映った。

「俺は、その念書にこう付け加えた。――もしも、アーネスト・グランシュヴァイクが即位を断念せざるを得ない状態になった場合は、代わりにリヒト・グランシュヴァイクを皇帝とするよう、ルーデンベルク公爵家の総力を持って後援する――とな」

「そのせいで俺は、継承権の放棄ができなくなった」

 当時は面倒くさいと思っていたが、イライザと結婚するには公爵の息子ではないと証明しなければならない。アーネストを証人にできる代償と思えば安いものだ。


 おかわりのスープも飲み干したアーネストは、スプーンを置いて頬杖をついた。できたての金貨より艶やかな金の瞳で見つめるのはリヒトだ。

「俺が死んだらお前が皇帝になれ。お前がなってくれるなら、俺は文句はないぞ」

「嫌です。イライザを可愛がる時間がなくなります。俺の幸せな結婚生活のために、生きのびて皇帝になってください、アーネスト殿下。期待しています」

 悪態つきたいのか励ましたいのか。

 天邪鬼な従兄弟に、アーネストは声を出して笑った。

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