第4話 予知夢の答え合わせ~監禁犯はだれ?~

「動くな。殺されたくなければな」

 耳に吹き込まれる脅しの言葉に、私は指の一本すら動かせなくなった。抵抗されないのをいいことに、男は私の体を持ち上げて近くの荷車に放り投げた。荷車には男の仲間が複数人いて、私の体をロープで縛り、口には猿轡を噛ませて転がす。

 やけに手慣れている。常習的に女性を襲っていると察せられた。

(忘れていたわ。東の地区は治安が悪いから女性の一人歩きは厳禁だって)

 荷車はランタン一つ灯さずに夜の街を進み、やがて郊外の川沿いにたどり着いた。

「朝になるまでここで大人しくしてろ!」

 水車小屋に放り込まれた私は、倒れたかっこうのままで閉ざされた扉をねめつけた。


 星の明かりさえ届かない暗さ。隙間から吹き込んでくる風にのる川の匂い。そして、同じ感覚で聞こえてくるガタンガタンという水車の音――。

(夢と一緒だわ)

 私が見た予知夢は、この誘拐を示していたのだ。

 もしも誘拐の夢だとわかっていたら屋敷の外には出なかったのに。

 リヒトにも悪いことをしてしまった。義弟はいつも過保護なくらい私を支えてくれるのに、監禁犯だと決めつけて逃げ出すなんて。

(ごめんなさい、リヒト。私はお姉様失格よ……)

 涙目になった、そのとき。


 ドガ、バキッ。


 水車の回る音に混じって、何かが折れる音が聞こえてきた。少しの沈黙の後、ギイッと開いた扉の向こうには、やけにギラギラした紫色の瞳が光っていた。

「ここにいたんですね、姉さん」

 私を助けに来てくれたのはリヒトだった。彼の後ろには騎士団の面々がいて、彼らの足元には気を失った誘拐犯が散らばっている。

「駆けつけるのが遅くなってすみません。怪我はありませんか?」

 リヒトは私を抱き起こして猿轡とロープを外し、そうっと頬に触れてくる。

 心配そうな顔を見つめたら、じわじわ涙がせり上がってきて、気づけば私はリヒトに抱きついていた。


「助けに来てくれてありがとう、リヒト! 本当はこうなる予知夢を見ていたの。それなのに私は、あなたに監禁されると思い違いをして屋敷を抜け出したのよ。大事な家族を疑うなんて、私は最低な姉だわ」

 涙声で懺悔すると、リヒトはクスッと笑って抱き返してくれた。

「最低な姉なら、屋敷を出るときに『裏庭でピクニックする』と使用人に言づけていかないと思いますよ」

「それがどうかした?」


 腕をほどいてきょとんとする私に、リヒトは慈愛に潤んだ視線を注ぐ。

「昔から、姉さんは一人で遊ぶために屋敷を抜け出すとき、必ずそう言うでしょう? 公爵家の使用人はそれを知っていて、尾行の者をつけるようにしているんですよ」

「そうだったの!?」

 屋敷を抜け出すときのお決まりの嘘を見抜かれていたとは思わなかった。

「い、いつから気づかれていたのかしら。私ったら恥ずかしいわ」

 頬が熱い。きっと熟れた林檎のように真っ赤になってしまっているだろう。顔を隠そうとする私の手を、リヒトがそっと掴んで止めた。


「恥ずかしがらないでください。姉さんのおかげで、公園に出かけたときも駆けつけられましたし、今日も騎士たちを派遣することができたんですから。でも、一人で出かけるのはこれっきりにしてくださいね。外は危ないんです。必ず俺に相談してください」

 まるで子どもに言い聞かせるような調子でリヒトが語りかけてくる。

 うう、本当に恥ずかしい。私の方がお姉さんなのに。

(でも、リヒトを犯人だと思い込んで屋敷を抜け出した私が悪いわ)


「わかった。これからはリヒトに内緒では家を出ないわ」

 反省してこくんと頷けば、リヒトは嬉しそうにはにかんだ。

「嬉しいです。姉さん……」

 過分に息を含んだ声が甘い。見つめる表情もとろけるようで、もしも私が姉ではなかったら骨抜きにされていたところだ。

 ひょっとして、私の義弟って魔性の男なんじゃないかしら。

 馬鹿みたいなことを考えながら、私はリヒトが満足するまで彼と手を繫いでいたのだった。

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