第3話 贈り物という愛が重い

 ルーデンベルク公爵家にある私の部屋のテーブルには、リボンをかけた贈り物の箱が山のように積まれていた。手のひらにのる宝石箱から両手を伸ばしてやっと抱えられるドレス入りの物まで様々で、印字された店名からどれも高級店の品だとわかる。

 これらの送り主はリヒトだ。

 ちなみに、私が今着ている薄い緑色のドレスもリヒトがくれた。おかげで急な実家暮らしでも着る物には困っていないけれど、明らかに買いすぎだ。

 公爵家の財産だって無限にあるわけではないのよと叱ったら、すべて自分が働いて貯めたお金で買っていると開き直られた。


『これは俺からの愛の形です。姉さん、結婚しましょう』


 ぐいぐい押すように口説いてくるリヒトに私はたじたじ。連日の贈り物攻撃に嫌気がさして出かけると、なぜか必ずと言っていいほどリヒトが訪問先に現れる。

 緑豊かな公園に行ったときなんて、騎乗訓練を抜け出して駆けつけてきた。立派な愛馬を率いてエスコートするリヒトに散策する人々は大注目。単なる散歩のつもりで地味な服で出てきた私は、顔から火を吹きそうなほど恥ずかしかった。

 こんな調子では、自分で結婚相手を見つけることなんてできやしない!


(リヒトは本気で私に復讐する気なんだわ……)


 徹底的に私を孤立させ、仲のいい男性を作らないようにして、ルーデンベルク公爵家に閉じ込めるつもりなのだろう。

 上流階級では、適齢期になっても結婚しない女性は家の恥とされる。無理やり修道院に入れられて死ぬまで俗世との関係を絶たせる家もあるくらいだ。

 もしも父が私をそうしたいなら、私は喜んで従うけれど。

(私を入れてくれる修道院はないでしょうね)

 教会というのは貴族や有力者の寄付と寄進によって運営されている。皇帝の死を預言できなかった元聖女が入ったと知れば、助力を断られてしまうだろう。

 リヒトはわかっているのだろうか。私がルーデンベルク公爵家にとどまっている、今この瞬間にも没落の足音が近づいてきているということを。

 家が没落すれば、彼自身の騎士としての順風満帆な人生にも影が落ちるということを。


(リヒトには不幸になってほしくないわ)

 復讐されるくらい嫌われてしまったけれど、リヒトは私にとって大切な家族だ。

 たとえ愛人の子でも関係ない。父と兄とリヒトがルーデンベルク公爵家で幸せに暮らしてくれるなら、私は未来予知の力を失ったってかまわない。

 リヒトは、私がそこまで思い詰めているとは露ほども疑わないだろう。結婚したいと言うわりに、私の気持ちは考えてくれないんだもの!

 お綺麗な顔を思い出したらムカムカしてきて、私は箱の山に拳を振り下ろした。ぐしゃっと潰れた蓋からのぞいた夜会ドレスは、リヒトの瞳と似たライラック色。

 夕食で顔を合わせたら、あの宝石のようにキラキラした瞳で見つめられて口説かれる。


 父と兄は、皇帝の弔いと皇太子の即位式の準備でほとんど家に帰ってこない。つまり、家には私とリヒトの他は使用人だけなのだ。

 私に迫りくるリヒトを止められる者は誰もいない。逆説的にいうと、私の身勝手を止める者もいないということだ。

「食欲がないことにして、今日はもう寝てしまいましょう」

 リヒトと顔を合わせないために仮病を使うことにした私は、寝る支度を整えてさっさとベッドに入った。


 ――気づくと部屋は真っ暗だった。

 今は何時だろう。時計を見ようとして気づく。ここは、私の部屋じゃない。

 だって、寝ているのはふかふかのベッドではなく硬い床だし、壁の隙間から吹き込んでくる風は川の匂いがする。ガタンガタンと一定間隔で鳴っているのは何?

 確かめようにも、私はロープで縛られていて動けない。

 口には猿轡を噛まされていて助けを呼ぶこともできなかった。

(誰がこんなことを!?)

 脳裏に美しすぎる義弟の顔がよぎった。

 まさか、リヒトが犯人? 

 私が顔を合わせるのを嫌がったから、お仕置きとして凶行に走ったの?

 こんなことをしても私は絶対に結婚しないのに――


「はっ!」

 目を開けた私は、早鐘を打つ胸を押さえながら起き上がった。厚いカーテンがかかった窓や花柄の布を張った壁、天蓋つきのベッドは眠る前と同じ。間違いなく私の部屋だ。

 先ほど暗い部屋に監禁されたのは夢だったみたい。

 ほっとすると同時に、嫌な予感が背中を撫でた。本当にただの夢だろうか。

(予知夢かもしれないわ)

 皇帝の死は預言できなかったけれど、私にはたしかに夢見の力がある。

 あれが予知夢だとすると、近いうちに私はリヒトにロープで縛りあげられて、知らない部屋に閉じ込められる。

 夢にリヒトは出てこなかったけれど、このままでは犯罪者街道まっしぐらだ。

(リヒトから離れないと!)

 大事な義弟に道を踏み外させてはならないと、私は家出を決意した。


 有り金と着替えを鞄につめて、午後のお茶の時間を過ぎた辺りで裏口から屋敷を抜け出す。途中で声をかけられた庭師には、裏庭でピクニックをすると嘘をついた。

 公爵家の広い敷地を駆け抜け、脇の門を通って道路に出たころには、空は黄昏に染まっていた。仕事を終えて家に帰る人々と夜の街に繰り出す人々が入り混じってできた混雑を泳ぐように進む。

 どこかに身の置きどころを確保しなければならない。

 都には恵まれない人を保護する救貧院があるが、私は聖女として顔を覚えられているので行くと騒ぎになってしまう。野宿をして追いはぎや野犬に襲われでもしたら大変だ。

 安い宿屋に一泊しようと決めた私は、日雇い労働者が多く住む東の地区へ向かった。

 この地区は、ルーデンベルク公爵家がある高級住宅街とは違って、土がむき出しの道が通る。路肩にはごみが落ちているし、側溝からは悪臭がただよってくる。

 ハンカチで鼻をおさえて宿屋を探していくと、物陰から伸びてきた手に口を塞がれた。


(なんなの!?)

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