第2話 別れ

 あわてて父の姿を探したが、普段は国王陛下の側に控えているはずの父の姿がない。

 セレスティと結婚させてくれると言ったではないか。

 だから命を懸けて討伐に行ったのに。

 これでは話が違う。


「他の者達には別途褒美を準備している。それぞれ受け取ってくれ」

「……王女との結婚がクロノスへの褒賞ってことか? どこが褒美だよ」

「ザック、聞こえるぞ」

「聞こえねぇよ、こんなうるさい場所で」

 これはあまりにもクロノスとセレスティが可哀想ではないか。

 セレスティは身代わりになってまでクロノスを救おうとしたのに。

 今、ここにクロノスがいるのは全部セレスティのおかげなのに。

 ザックはギリッと奥歯を鳴らした。


「陛下、無礼を承知で申し上げます」

 クロノスはグッと拳を握ると、跪いたまま国王陛下を見上げた。


「英雄クロノス、貴殿の発言は認めない」

 宰相の言葉に、討伐隊メンバーに怒りがこみ上げる。

 

「オーステン、ザック。聞こえているか?」

「はい」

「おう」

「討伐隊の中には褒章がないと困る奴らもいる。あとは任せた」

 クロノスから小声で伝えられた言葉に了解するしかない魔術師オーステンと剣士ザックは小さく頷いた。

 

「私の褒賞は辞退します。ですが彼らは危険を顧みず討伐についてきてくれた者たち。彼らには褒賞をお願い致します」

 クロノスは立ち上がると宰相の静止も聞かずに出口に向かう。

 数人の討伐隊メンバーがクロノスと一緒に動こうとしたが、オーステンとザックがすぐに止めた。


「英雄クロノス、今すぐ戻れば無礼は不問にしよう」

「私には愛する者がいます。王女と結婚する気はありません」

 反逆だと言われてもかまわない。

 今すぐセレスティとここから逃げよう。

 父には迷惑をかけるが、今この場にいないことを考えると、父はすでに反逆者としてとらえられているのかもしれない。


 父には了解を得ている。

 この討伐に行く条件がセレスティと結婚することだ。

 無事に帰ってきたら結婚させてくれるという約束だった。


 それを王女と結婚だと?

 なんのために死ぬかもしれない討伐に行ったと思っているんだ。


「セレス、急いでここから……。セレス?」

 部屋の扉を開けたクロノスは部屋が真っ暗なことに驚いた。

 明かりをつけてもセレスティの姿はない。


「セレス? どこだ?」

 布団の上にはなぜか金貨が入った布袋。

 こんなもの荷物の中にはなかったはず。


「……熱があるのに」

 連れ出された?

 ……誰に?

 晩餐会の間に……?


「魔女は出て行った」

「おまえが追い出したのか!」

 宰相の胸ぐらをクロノスが掴むと、護衛騎士は一斉にクロノスへ剣を向ける。


「身分をわきまえただけだ」

 宰相を殴ろうと振り上げたクロノスの手は護衛騎士によって止められてしまった。

 クロノスは騎士の手を振り払うと、王宮の裏口へ。


 表は貴族たちが続々と集まっていたはず。

 出ていくのなら裏口しかない。


「おい、荷物を持った長い黒髪の女を見なかったか?」

「あ、はい。40分、いえ50分ほど前でしょうか。馬車で」

「……馬車?」

 裏口の守衛が向こうへ行ったと方角を教える。


「クロノス・フォレスト。宰相への暴行未遂で同行してもらう」

「離せ! すぐに追いかけないと」

 もうすでに行先も何もわからないけれど。

 馬車がどちらの方角へ行ったのか、今なら誰かが覚えているかもしれない。

 貴族たちが大勢馬車で帰ったあとではダメだ。


「離してくれ、……頼む。セレスを探しに行かせてくれ」

 宰相の命令で追いかけて来た王宮の騎士に拘束されたクロノスは秘密裏に地下牢へ。

 討伐隊には何も知らされないまま、クロノスは何もできないまま数日が過ぎた――。


 馬車に乗ったセレスティは、熱が上がったのかすぐに気を失うように眠りについた。

 

 この馬車には窓がない。

 今が昼なのか夜なのかさえわからない馬車だったが、いつ目を覚ましても小さな明かりは灯っており、水や食料が交換されているのは不思議だった。

 

 あれから何日たったのかもわからないけれど、まだ熱は下がっていない。

 時の魔物の魔力と、魔女の魔力が反発し合っているような奇妙な感覚を落ち着かせるため、セレスティは胸元のネックレスを押さえた。

 

 ガチャと扉をあける音に心臓が飛び出そうになる。

 ゆっくりと開く扉から見えたのは、意外にも見慣れた人の顔だった。


「……フォレスト公爵?」

 馬車に乗る時、御者は別の人だったはずなのに。

 どうして公爵がここに?


 空には満月。

 そしてこの場所は……。


「……ルーライズ?」

「そうだ」

 迷いの森の奥にある魔女の村ルーライズ。

 ここへたどり着くのは、このルーライズで生まれた者、またはここから持ち出された何かを持っている人だけ。


 セレスティが5歳の時に助けてくれたフォレスト公爵がここにたどり着くのは不思議ではないけれど。

 王都からルーライズまでどのくらいかかるのか、どの道を通るのかセレスティは知らない。

 5歳のときも、そして今回も、眠っているうちについてしまったからだ。


「満月……ということは、晩餐会から1週間ほど経ったのですね」

「そうだ」

 フォレスト公爵は、見た目は気難しそうでよく誤解されるが、とても優しい人。

 眠っていたのに水や食料が交換されていたのも納得できる。


 そしてこの場に連れてきてくれたのも。


「……すまない」

 悔しそうな表情で謝罪するフォレスト公爵に、セレスティは首を横に振った。


「セレスティのおかげでクロノスが無事だったのに」

「国王陛下の命令には逆らえない……ですね」

 物分かりが良すぎるセレスティにフォレスト公爵はグッと拳を握った。


 あぁ、このクセは親子で似ているのね。

 クロノスもよく我慢しなくてはいけない時にこの動作をしていた。


「でも、私を逃がしてしまったら公爵様が怒られるのでは?」

「ここには誰もたどり着けない」

 そうだろう? とフォレスト公爵は悲しそうに笑った。


 ここは迷いの森の中。

 誰も来ることはできない。

 クロノスも、だ。


 食料も水も怪しまれない程度しか持ってこれなかったと馬車の後ろを見せてくれたが、一人で食べるには数日困らないほどたくさんの食料が詰められていた。


「少しだけ、髪を切らせてくれないか?」

「死んだ証拠に、ですね」

 剣で髪を切り落としハンカチに大切そうに包むと、フォレスト公爵は建物も何もないルーライズの村を眺めた。


 もう誰も住んでいない街。

 最後の魔女。

 そして息子クロノスの命の恩人で、最愛の女性。

 クロノスには一生恨まれるだろう。

 それでも領地の人々のためには王命に従わなくてはならない。

 

「クロノスが危険な討伐任務をどうして受けたか知っているか?」

「え? 王命では?」

「おまえと結婚するためだ」

「……え?」

「クロノスは討伐から戻ったらセレスティを貴族の養子にし、自分と結婚させてくれと頼んだのだ」

 クロノスは討伐の褒章は何もいらないからセレスティと結婚させてくれと、そして宰相が自分の娘にすることを承諾していたとフォレスト公爵はセレスティに話した。


 だが討伐から無事にクロノスが戻ってくると、王女と結婚させると、セレスティを殺せと命じられたのだと、フォレスト公爵は悔しそうに唇を噛んだ。


「クロは……本当に私と結婚するつもりで……」

 公爵子息と平民が結婚できるわけないのに。


「もともと討伐は私が行くはずだった」

 死を覚悟のうえで。

 王子も王弟もみんな亡くなってしまい、それでも時の魔物を討伐しなければ国が危ないと、白羽の矢が立ったのがフォレスト公爵家。


「……使い捨てなのだ、我々は」

 フォレスト公爵は大きな満月を見上げながら辛そうに呟いた。


 1頭の馬を馬車から外し、手綱を付け替える。


「もう1頭は好きにしろ」

「では、森に放してあげてください」

 ここにいても世話ができないと微笑むセレスティ。

 食糧にすることだってできるのに、そうしないセレスティの優しさがフォレスト公爵にはツラかった。


「あの、フォレスト公爵。最後にひとつだけ聞いてもいいですか?」

「どうしてここに来られるのか……か?」

 ここへたどり着くのは、このルーライズで生まれた者、またはここから持ち出された何かを持っている人だけ。


 フォレスト公爵は古いネックレスを取るとセレスティに差し出した。


「……え?」

 フォレスト公爵のネックレスはセレスティのネックレスと同じ。

 魔女の村ルーライズのネックレスだ。

 だが裏の模様が違う。


 でもこの模様は……。


「おとうさんの家……?」

 セレスティが首を傾げると、フォレスト公爵は目を見開いた。


 このネックレスの持ち主は、結婚したかったのにできなかった女性。

 後にも先にも愛したのは彼女だけだ。

 だが彼女は消えてしまった。

 このネックレスを残して。


 騎士団の休みの日に国中を探し回り、ようやくあの日たどり着いた魔女の村。

 だがそれは一足遅く、生き残ったのはセレスティだけだった。

 

「……ウィンディを知っているのか?」

「ウィンディおばさん? もしかしておばさんの初恋相手ってフォレスト公爵?」

 外の世界は危ないと、好きな人とは幸せになれないと言っていたウィンディおばさん。

 今ならわかる。

 フォレスト公爵も別の女性と結婚したのだ。


「ウィンディの姪っ子だったのか。だから似ているのか」

 だから殺せなかった。

 殺したくなかった。

 結局、クロノスと添い遂げさせてやることは出来ず、この魔女の村に連れてくることしかできなかったが。


「親子二代で裏切ってしまったな……」

 すまないと小さな声で呟きながら、フォレスト公爵はセレスティを抱きしめた。

 まるでウィンディおばさんに謝罪しているかのように。

 セレスティがネックレスを返すと、フォレスト公爵は切なそうな表情で再びネックレスを身につけた。

 

「元気で、セレスティ」

「はい。今までありがとうございました」


 12年ぶりの家。

 地上はもう何もないけれど、地面の扉は昔のまま。

 子供の頃は開けるのが大変だったが、今なら簡単に開けられる。


「ただいま」

 セレスティが誰もいない家に入ると、魔女の家は主人の帰宅を喜び、明かりを灯した。



「……なんでクロが地下牢なんだよ!」

 剣士ザックはガシャンと鉄格子を鳴らしながら声を荒げた。

 

 命懸けで討伐へ行った国の英雄にこんな仕打ちをするなんて。

 クロノスは好きな女と結婚したいと言っただけじゃないか。


「クロ、食べねぇと死ぬぞ」

 クロノスの両手両足は鎖で繋がれ、生きる気力もなくただ壁にもたれているだけ。

 親友クロノスのやつれた姿に、ザックは王家が許せないと拳を強く握った。

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