死ねない魔女と輪廻の王子

和泉

第一章 生まれ変わり

第1話 蘇り

 その日は大きな満月の日だった。

 魔物の森で『時の魔物』を追いつめ、あと一歩というところまで来たのに。


「なんで俺を庇った!」

 月を背負いながら怒る満身創痍の恋人クロノスにセレスティは寂しそうに微笑む。


「撤退しよう」

「時の魔物がこんなに強ぇなんて」

 魔術師オーステンや剣士ザックがリーダーのクロノスに撤退を提案したが、クロノスの耳には届かなかった。


「ダメだ! ダメだ、死ぬなセレス」

 ゆすっても目を開けないセレスティ。

 クロノスはグッと唇を噛んだ。


「ははっ。魔女が死にましたか。美人なのにもったいないことをしました」

 時の魔物は大きな声で笑いながら魔術師オーステンに攻撃を加える。

 オーステンがなんとか跳ね返した魔法は、近くの木を10本以上なぎ倒した。


「おい、クロ!」

 これ以上は無理だとオーステンは必死で訴える。

 だが、セレスティの身体を抱きかかえたクロノスは顔を上げるどころか、身動き1つしない。

 

 目の前で恋人が自分を庇って死んだ光景を見たクロノスがもう戦うのは無理か……。

 ずっと二人と旅をしてきたオーステンはツラい状況に目を伏せた。

 

 クロノスとセレスティはこの討伐が終わったら結婚する予定だった。

 身分が違うセレスティとの結婚を許してもらうために、クロノスは時の魔物の討伐に了承したのだと。

 こんな別れを覚悟していなかったといえば嘘になるだろうが、実際に起きてしまうと、あまりにも残酷な別れに慰める言葉も見つからない。

 

 リーダーなんだからすぐに指揮を取れと叱責するべきだろうが、数分の別れくらいさせてやりたいと思うのはここにいる全員が同じ気持ちだろう。

 

「オーステン、まず怪我人から移動を開始しよう」

「ザック、移動の指示は任せていいか? 少しの間なら魔術師たちで押さえてみせる」

 魔術師オーステンと剣士ザックは頷き合うと、それぞれ指示を開始した。

 

「……セレス」

 目を開けないセレスティの頬をなで、耳の横に触れ、首までなでる。

 手に触れたセレスティのネックレスにクロノスはハッとした。


「オーステン、時の魔物を足止めできるか? ザックは時の魔物の周りに剣で円を描いてくれ」

「30秒が限界だ」

「よくわからんが、囲めばいいんだな」

「俺の周りも頼む」

 魔術師オーステンと剣士ザックがリーダーのクロノスの指示に従い行動する。

 

 魔術師たちはオーステンの援護を、剣士は怪我人を避難させるためザック以外は後ろへ下がった。


「さて、何が始まるのですかな?」

 人間ごときに何ができるのか。

 時の魔物は全員の動きを見ながらニヤニヤと笑う。

 

「……死なせない」

 クロノスは時の魔物をチラッと確認する。

 剣で自分の親指に傷をつけ、血をセレスティのネックレスにこすりつけた。


「セレスは絶対に死なせない」

 時の魔物の周りにザックが描いた円が一瞬で魔法陣に変わる。

 セレスティを抱えたクロノスの下にも現れた同じ魔法陣に時の魔物は目を見開いた。


「馬鹿な。人間ごときが俺の魔力を吸いとるなど」

 苦しそうに膝をつく時の魔物。

 胸元をグッと掴みながら時の魔物は魔法陣から出ようと必死にあがいた。

 

 禁呪だってなんだっていい。

 セレスティが戻ってくるならなんだっていい。


「戻ってこい、セレスティ!」

 眩しい光と、ドンという音の中、間一髪で逃げる時の魔物。

 魔物の森を月明かりだけが照らす頃には、時の魔物の姿はそこにはなかった。

 

「撤退中止! 怪我人の治療を急げ!」

 剣士ザックの指示で治療が始まる。

 

「魔力不足で動けない者には回復薬を!」

 魔術師オーステンの指示で魔術師には回復薬が配られた。


 周囲がバタバタする中、ゆっくり目を開けるセレスティ。


「クロ……? 泣かないで」

 泣きそうなクロノスと満月を見て微笑むセレスティ。


「おかえり、セレス」

 クロノスは切なそうに微笑むと、セレスティをギュッと抱きしめた。

 


「……熱が引かないな」

「大丈夫よ」

「無理しなくていい」

 起き上がろうとするセレスティを止めたクロノスは、持ち上げたネックレスにそっと口づけを落とした。


 時の魔物を討伐する任務には失敗したが、時の魔物から多くの魔力を奪うことには成功した。

 魔術師オーステンの話によれば、数百年は現れないのではないかと。

 

 国王陛下に謁見するため王宮へ戻ったクロノス率いる討伐隊は、この離宮に宿泊をさせてもらっている。

 セレスティが蘇ってから3週間ほどたったが、ずっと熱は下がらず、ほぼ寝ている状態だった。

 

 それでも生きていてくれるだけでいい。

 笑ってくれるだけでいい。

 クロノスはセレスティの綺麗な黒髪を撫でながら微笑んだ。

 

「元気になったら討伐隊だけ招待して結婚式をしよう」

 セレスティのウェディングドレス姿はきっと綺麗だから、本当は誰にも見せたくないと言うクロノス。

 その変な発想にクリスティは笑った。


「今日、晩餐会だよね」

「セレスティとファーストダンスを踊りたかったのにな」

「クロは王女と踊らないと」

「ファーストダンスは婚約者と……だろ?」

「……私が貴族だったらね」

 セレスティの言葉にクロノスはギュッと拳を握った。


 魔女の村ルーライズで生まれたセレスティは、時の魔物によって消された村の唯一の生き残りだった。

 セレスティは当時5歳。

 祖母に言われた場所に隠れ、翌日外に出たときには村はあとかたもなく消えていた。


 食べる物も住むところもなく、どうしたらよいのかわからなかったセレスティを保護してくれたのが、当時王宮騎士団の総長だったクロノスの父フォレスト公爵。

 フォレスト公爵邸で侍女として生活するうちに、魔女の力に目覚めたのだった。


「晩餐会楽しんできて」

 平民は晩餐会に招待されない。

 セレスティだけでなく、剣士も魔術師も平民はみんな招待されていない。

 いくら討伐隊のメンバーでも、どんなに活躍した人でも。


「クロ、そろそろ準備しないと」

「おいしそうなスィーツを運んでくるよ」

「桃がいいわ」

「この時期にあるかな」

 なかったら、いちごのタルトだぞと笑うクロノス。

 いちごのタルトはクロノスが1番好きなスイーツだ。

 桃のスイーツがあっても、いちごのタルトを持ってきそうなクロノスにセレスティは微笑んだ。


 フォレスト公爵家の紋章が刺繍されたタイをつけ、ジャケットを羽織り、カフスボタンで袖を止めたクロノス。

 

 どこからどう見ても見目麗しい公爵子息だ。

 剣を持って戦うなんて思えない。

 それでも王宮騎士の誰よりも強いクロノスは、討伐隊のリーダーに相応しい実力と人望をもつ人物。


 王女が結婚相手にと狙うのは当然だ。

 平民の自分が彼と結婚できるはずはない。

 そんなことはわかっているけれど、少しでも側にいたくてセレスティはフォレスト公爵に頼み、討伐隊に入れてもらった。


「行ってくる。できるだけ早く戻るよ」

「いってらっしゃい」

 クロノスを見送ったセレスティは水を飲もうと起き上がった。

 

 黒い髪はだいぶ長くなった。

 魔女は魔力が増えると髪が長くなるのだ。

 切っても翌日には戻ってしまうため、不審に思われないように切らないようにしていた。

 

 こんな地味な髪でも、クロノスは綺麗だと言ってくれるから嬉しかった。

 クロノスの金髪の方が綺麗なのに。


 ノックの音が響き、クロノスが忘れ物でも取りに来たのかと扉に顔を向けたセレスティは、思いもよらない人物の登場に目を見開いた。


「……宰相様?」

 もう晩餐会が始まる頃なのに、なぜここに?

 セレスティの胸に嫌な予感が広がる。


「この国から出て行ってほしい」

「……え?」

「英雄クロノスは次期国王になる。このあとの晩餐会で王女との結婚が発表される予定だ」

 宰相から告げられた残酷な言葉に、セレスティの息は止まりそうになった。


 この国の王子2人は数年前に時の魔物に殺されてしまった。

 国王の弟も、その子供たちも一緒に。

 残っているのは王女だけ。

 つまり王女の夫となる人が次期国王だ。


 王女がクロノスを好きだというのは知っていた。

 王女の熱い視線に気づかないはずはない。

 

 自分がクロノスと両想いな自信はあるけれど、彼は公爵子息。

 平民との結婚は許されない。

 

 自分はフォレスト公爵の侍女に戻り今まで通りに生活しながら、王女と結婚したクロノスを1年に1回でもいいから、遠くからでもいいから、一目見れたらいいなと。

 そう思っていたのに。


「今すぐこの国を出て行ってくれ」

 宰相はポンと布袋をセレスティのベッドの上に放り投げた。


「手切れ金だ」

「……いりません」

 あぁ、クロノスがこの部屋からいなくなる今日しか宰相が私を追い出す機会はなかったのだ。

 愛人になることがないように、王女の邪魔をしないように、この国から出て行けと。

 

「裏門に馬車を待機させている」

 行先も何も伝えられず、その馬車に乗ることしか許されない。


 どこかで殺されるのだろうな。

 だったら、あの日、あのまま死んだ方がよかった。

 

 部屋を立ち去る宰相の後ろ姿から目を逸らしたセレスティは、ギュッとネックレスを握りしめた。


 

 キラキラとシャンデリアが光る晩餐会の会場は着飾った多くの貴族が今か今かと英雄の登場を待ちわびていた。

 

 ふかふかの赤い絨毯を歩くクロノス、オーステン、ザック。

 討伐隊メンバーたちは綺麗に並んで3人のあとに続いた。


 鳴りやまない拍手。

 多くの視線。


 出発するときは憐みの目もあったのに、今日はそんな雰囲気はない。

 これで国が平和になったと喜んでいるように見えた。


 国王陛下の前で跪くと、会場はいっきに静かに。


「英雄クロノスのおかげで、我が国に平和が戻った」

 宰相の言葉に、ワッと盛り上がる貴族たち。


「クロノスの功績を称え、王女ローズマリーと英雄クロノスの結婚をここに宣言する」

「……は?」

 国王のアリエナイ言葉に驚いたクロノスはお辞儀をしたまま目を見開いた。

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