02

「手伝ってあげてもいいって言ってるのに」


 下からこちらを覗き込んでくる西園にしぞのアキラの声を聞き流しながら、九條登悟くじょうとうごは地下鉄の窓に映し出された風景ホロを眺めているふりをした。

 十四時を少し回ったところで、ラッシュ時に比べれば人は少ない。座る場所はないが、余裕を持って他人と離れられる。吊り革に体重を預けながら、ようやく体を離したアキラを横目で見る。

 今日のアキラは長めの金髪にブルーの瞳、線の細い整った顔立ちという、絵に描いたような美青年だ。今も周囲の人々がそれとなくアキラのことを見ている。女性の割合が多いのは気のせいではないだろう。挙措一つ、声の一つとっても、アイドル顔負けの完璧さだ。

 そんな美青年を隣においた、伝統的なヤンキースタイルの登悟は、攻撃的に尖らせた金髪を乱暴に掻き上げる。


「いらねえっつってんだろ。課題が遅れたのは俺の責任、単位を落としても俺の問題だ」

「キミを後輩にしても、面白いことが減るだけで、僕にメリットはないんだけど。つまりウィンウィン、お互いに利のある提案ってこと」

「その手の話を真面目に語るやつってのは九割が詐欺師で、残りの一割は誠実に見えているだけで自分のことしか考えてない手合いなんだよ」


 実際のところ、レポートの提出期限に間に合うかどうかは怪しい。何もやることがなければ渋々レポートに専念するところだが、腹黒老婆のアルバイトに始まり、日々の金銭管理、明日の食事をどう切り詰めるかなど、問題が山積みだ。

 アナウンスが流れ、地下鉄が減速を始める。人の流れに乗って入り口の前に立つ。


「強情というよりは、人間不信だよね、登悟」

「あん?」


 扉が開く。上りのエスカレーターに、姿勢良く歩くアキラと向かう。


「俺ほどフレンドリーな人間はそうはいないぜ」

「フレンドリーな人間はヤンキーの真似なんてしないけど。ハリネズミの棘でしょ。その金髪」


 何とでも言えと肩をすくめると、アキラも苦笑した。

 全くの的外れな指摘というわけでもないのだ。人間不信というほど強烈な言葉を使うつもりはないが、確かに、自分の周りには人間よりも機械が多い。本当に他人と仲良くしたいのなら、攻撃的なファッションではなく、当たり障りのない大学生のスタイルに合わせるべきだ。アキラの指摘は正しいが。

 改札を通り、地上へ出た辺りで、アキラが読心術のようなタイミングで言った。


「お前が言うなって思ったね」

「他人の顔をまじまじ見るな、気色悪い」

「僕の性癖はともかくとして、キミはなかなか味のある顔をしているよ。登悟」


 言い返そうとしたが、少し離れた通りが物々しい雰囲気なことに気がつく。

 群衆とざわめき、イエローのテープ、警察車両が数台止まり、数人の警察官が行き交っているのが見える。

 遠視を起動する。路地の角に設置されていたカメラや、群衆の瞳に写り込んだ風景をつなぎ合わせて、封鎖された路地の光景を合成する。鋭利な切断面を晒し、内部液を流出させたhIEの残骸が、ゴア映画のワンシーンのような乱雑さで散らばっていた。

 思わず舌打ちする。詠子よみこに事前に聞いていた話と同じだ。

 立ち止まっていた足を動かしながら、封鎖された路地とは逆方向に歩く。


「アキラ。その格好、しばらくローテから外してくれねえか」

「いつものアルバイトの都合? 警察を見た途端にだなんて、物騒だなあ」


 下から顔を覗き込むようにしてくるアキラから目を逸らす。

 詳しい話をしなくても納得してくれるのはアキラの美点だが、察しが良すぎるせいで、何も話さなくてもすべて見透かされているような気分になる。


「面倒事は嫌だろ。今日このタイミングで俺と歩いてる人間はいなかった方がいい」

「僕も大概だけど、キミも隠し事が好きだねえ。じゃあ今日はここで別れようか」

「そうしてくれ」


 軽く手を降って、交差点の角でアキラと別れた。

 横断歩道を渡りながら、肩越しに後ろを振り返る。

 先程まで隣を歩いていた美青年はいなかった。代わりに背丈が同じくらいの白人の女性が姿勢良く歩いている。

 起動したままだった義眼が、周辺の監視カメラの死角を映し出す。その白人女性が通り過ぎた建物の影だ。通りを行き交う人々も、異常に感づいた様子はない。

 思わず舌を巻く。アキラは真人間であるはずだが、生物非生物を問わず、視線を避ける能力は天才的だ。だからこそ、驚異的に精密なホログラフィックを自作し、身に纏うようになったのかもしれない。


「今度一つ分けてもらうか」


 借金取りや横暴な雇い主から逃げるときに便利そうだと、笑えない程度に現実的な想像をしながら、鷺森さぎもり威力探偵事務所へ向かった。

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