08

 厳重に拘束をされた黒桐が連行されてゆくのを、登悟と灼は少し離れた場所から見守った。

 目を覚ました数十人の信徒たちは、どこか夢の中にいるような表情のまま自動運転車に乗り込んでゆく。イザリーの姿もあった。以前の快活さはすっかり失われ、自分自身に実感が湧かないような頼りない足取りで、信徒たちの列に混ざっている。この場にいる全員が、強暗示ホログラムの影響が完全になくなったと判断され次第、事情聴取を受けることになるだろう。

 その後で、人間よりも遙かに厳重な護衛の下で、純白の立方体が運び出されてきた。女神像の中に格納されていた高度AIの主機だ。外界から物理的にも電子的にも隔離するための処置が施されている。超高度AI『仮面』の演算速度の約3%を上回っているということが図らずも立証されており、取り扱いはほとんど流出した人類未到産物レッドボックスの封印措置に近かった。


「三年近く夢の中か。ぞっとしねえな」


 他人事のように言って、近くの自販機で買った缶コーヒーを飲む。


「どうかしら。夢の中で神様に出会えていたのなら、幸福かもしれないわ」

「目覚めたら預金残高が空でしたなんて、俺なら発狂するね」

「きっと彼らが感じていた安らぎは、人間の最大の弱点よ。人がこれまで積み上げてきた信頼を被れば、あらゆるものが受け入れられてしまう。優れた計算能力に、神という信頼を被せて、人々に受け入れさせたように」


 灼は高度AIを乗せた護送車を見つめながら言った。登悟が渋面になった。


「AIを信仰しだしたら、それこそ本当のディストピアだろ」

「そうね。AIを神様にしてしまっては、本当におしまい」


 なぜか灼は少し寂しげな表情を浮かべていた。


「でもそれなら、あれは何という言葉で認められれば良かったのかしらね」

「女神像を動かしてた高度AIのことか? そりゃ使われる用途によるだろ。AIは目的があって作られるんだからな」


 灼はきょとんとしたあと、くすくす笑い出した。


「何だよ」

「なら私が人として振る舞っていても、ディストピアにはならないかしら」


 その返答に一瞬沈黙して、深々と溜息を吐いた。


「そうやってたまに人に思い出させてやれば、まあいいんじゃねえのか」

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