07

 銃声は三つ。軌跡を義眼で追いながら、『Face Loader』がもたらす行動予測に身を委ねる。

 黒桐は銃弾を難なく指先で掴み取り、逆にこちらへ向けて指先で弾いてきた。弾薬の炸裂に匹敵する速度で迫る銃弾のうち、二発は躱して、最後の一発は銃の側面で逸らした。

 黒桐を見据えながら自分の位置を細かく調整した。周りには強暗示によって動きを止められた信徒がいた。適当に銃を撃てば無用な死傷者が出ることになる。黒桐自身が信徒のことを多少は配慮していることが唯一の救いだった。


「馬鹿正直に撃ってるだけでは、永久に私の身には届きませんよ」


 ぐっと黒桐が身を沈めると、砲弾のように接近してきた。行動予測がなければ反応さえ許されない速度。至近距離から放たれた豪腕を、身を伏せて躱す。一瞬で銃を左手に持ち替え、『Face Loader』と連動した右の義手を最大出力で殴りつけた。狙うは人体の急所である心臓直上。普通の人間なら殺しかねない打撃だったが、黒桐は小揺るぎもすることなく正面から受け止め、逆にこちらの腕を掴んで関節を固めてきた。

 舌打ちして左手の銃で黒桐の膝を狙った。人体を模している以上、関節部は補強が難しい弱点だ。だが黒桐は僅かに足を動かしただけで銃弾の威力を受け流すと、登悟の体をくの字に押しつぶして背骨へと強烈な蹴りを放った。


「がッ……」


 受け身も取れずに吹き飛ばされ、長椅子を四つほど吹き飛ばしたところでようやく止まった。上下感覚がなくなり呼吸困難に陥った。遅れて自分の体が動くことを実感した。辛うじて機械化していた部分に蹴りが当たったのだ。


「なるほど。完全ではないにしろ義体というわけですか。そうであるなら最初から手心を加えず脳を潰したものを」


 黒桐は蹴りを入れた脚をゆっくりと下ろす。

 ふざけやがって、と心のなかで吐き捨てる。ハイスペックの全身義体に匹敵する強度の身体拡張だ。

 ふらつきながら体を起こした登悟の反対側では、灼と女神像の熾烈な攻防が続いていた。

 紅の着物がはためき残像となった。銀の閃光が風切り音もなく辺りで煌めく。灼の体術は人体の形状で可能な限界まで洗練されている。超高度AI『仮面』が独自に構築した戦闘クラウドと、それを適用させるに足る超高性能機体のハイブリッド。詠子が設計した高周波ブレードも相まって、白兵戦では無類の強さだ。

 その灼を相手に、女神像は実に的確な対処をしていた。決して灼を近づけさせず、二対の翼を構成する羽を弾丸に見立てて打ち出した。

 一枚一枚は銃弾に劣る程度の威力しかなかったが、問題なのは破壊されない限り飛翔を止めない点にあった。空力制御か磁力制御か。射出された後も空中で加速して灼の首や関節部といった駆動における急所を狙い続けた。

 灼は自分に迫り来る羽は高周波ブレードで撃退できても、遠距離攻撃の手段がないため、周囲を舞う羽の群れに対しては後手に回らざるを得なかった。そして羽に注意を向けすぎれば、高速で接近してきた女神像に四肢や翼を用いた近接攻撃に晒される。灼はそれらを捌きながら、何とか拮抗状態を維持している状況だった。

 可能ならば灼の応援に回りたいところだが、とてもではないがそんな余裕はなかった。こちらの銃撃は全て『Face Loader』によって算出された『一瞬後の黒桐の移動位置』に向けて放たれた必中の弾丸だ。だがそれも弾丸の速度に対して後出しで反応できる相手には無意味だった。銃弾は全て躱されるか空中で掴み取られてあらぬ方向に飛ばされた。

 やがて拮抗状態が崩れた。何度目か分からない銃撃が躱されると、黒桐は地面が凹むほどの脚力で一瞬のうちにこちらに踏み込んできた。弾倉の交換が必要なタイミングを突かれ、牽制を織り交ぜて距離を取ることさえできなかった。


「終わりです」

『Face Loader』の行動予測がもたらす青色のビジョンが直撃を表示した。

 だが次の瞬間、黒桐は目を見開いて身を離した。二人の間を鋭利な金属片が切り裂いた。今まさに灼と交戦しているはずの女神像の羽だった。


「何が――」


 黒桐が女神像の方を見て、絶句した。

 女神像が軋むように震えながら動きを止めていた。その口から本来発せられるはずのない人間の言葉が発せられる。


「すぐに拮抗されるか。忌々しい。灼、これ以上はどうにもならん」

「分かったわ」


 灼は平然と頷くと、高周波ブレードを目にも留まらぬ早さで振るい、四肢と首をあっさりと切断した。断面から細かなスパークを散らして、女神の首がごとりと地面に落ちる。


「遅えぞクソババア! 危うく殺されるところだ!」


 転がった生首に怒鳴ると、再び人間の――詠子の声が響く。


「ぴんぴんしているじゃないか。背骨の一つでも折れていれば、今度こそハイスペックな全身義体に換装してやったのに」

「あんたに借金するのは金輪際お断りだ。地獄に落ちろ」


 親指を下げながらメンチを切ると、地面に落ちた生首から悪魔めいた笑い声が上がった。

 黒桐は震えた声で言った。


「一体何が、私の女神像が、なぜ」

「まさか本当にAIを神だと思っていたのか? こいつらは単なる電子回路の集積体だ。放っておくだけで無限の富をもたらす聖杯でもなければ、あらゆるものから不可侵の霊的存在でもない。

 であるならば、電子線を仕掛けられたことに気づいておきながら、なんの対策もしなかったお前は愚者でしかなかろうよ。これらがロジックで動いているということを忘れるほど長い間、AIがもたらす利益に浸かりきっていたということなのだろうが。お前にとっては人間など改変可能な木偶人形程度の認識なのかもしれんが、AIなどはそれ以上に人間の手でいかようにも機能を変える、単なる道具だ」


 ヴン、と微かな音を立てて中央のホロプロジェクターが再起動した。この建物を高度に武装した部隊が包囲している映像が映し出された。電警と公安の混成部隊だ。


「お前の神とやらの証拠を、手ぐすね引いて探していた連中だ。侵入に気がついた時点で逃げ出していれば、パシフィスを出ることくらいはできたかもしれないな」


 黒桐は呆然とその映像を見つめ、やがて噛み締めた歯の間から唸り声を上げた。詠子の声を発し続ける女神像へ、手近な長椅子を投げつけるが、灼がそれをあっさりと二つに断ち切る。

 灼が滑るように黒桐へと肉薄した。黒桐は狂乱したように四肢を躍動させ、灼の高周波ブレードを打ち払う。通常の刃物なら傷一つ負わない金属繊維の肉体だが、灼の高周波ブレードは鋼鉄すらバターのように切断する業物だ。黒桐の体に決して浅くない裂傷が次々と刻まれ、動きが次第に鈍くなってゆく。


「私の、私の楽園が、こんなところで終わるはずが、ないィ!」


 黒桐が咆哮とともに両腕を振り下ろした。灼はあっさりと躱し、その代わりに床面が破壊されて派手にめくり上がった。

 その未来へ、登悟は四度トリガーを引いていた。

 黒桐が自動機械のように反応し、残像を残しながら三発の弾丸を掴み取る。黒桐が血走った目で笑みを浮かべ、そして訝しげな顔になった。四度の銃声。最後の一発の行方を。

 答えは黒桐の後頭部からもたらされた。強烈な衝撃と共に白い電磁がまき散らされた。対義体換装者に用いる、非殺傷のEMP弾頭。それを登悟は四度の跳弾を経て黒桐の後頭部へと命中させた。

 黒桐は現実を理解することなく、ゆっくりと地面に倒れた。


「夢でも見てろ。変態神父」


 登悟は楽園の住人とはほど遠い、ヤンキーの流儀で吐き捨てた。

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