09
登悟は廃油混じりの潮風を浴びながら、警察に連行される百合香と、同行を申し出る実篤のやり取りを遠巻きに見つめていた。
「上手くやれた方じゃないかしら?」
夕焼けの輝きを帯びた灼が、傍らから声を掛けてくる。
登悟は軽く息を吐きながら、
「有耶無耶になっただけのような気もするがな。結局俺らは、クライアントの痴話喧嘩に巻き込まれただけだ」
「分かってしまえば、真相なんてあっけないものでしょう」
そう語る灼は、いつしか登悟と同じく、取り調べを受ける実篤たちの方を向いていた。
「彼は愛着と愛情を混同したまま、自分の考えを曲げようとしなかった。明智百合香の怒りは、きっと大部分の人間の心情を代弁しているわ。ヒトでないモノを愛するなど狂っていると」
「……かもな」
「貴方はどう? もし私に求められたのなら、私を愛することができる?」
無言を返す登悟に、灼は言葉を続けた。
「人間のパーソナリティを、限りなく真に迫った領域で再現できる今、ヒトとモノの違いは語られる文脈の中にしか存在しない。ヒトから生まれたからヒト。モノから生まれたからモノだというように」
灼は自分の掌を見つめながら呟いた。
「体も心も、際限なく似せることができるのなら、それは人類にとってはきっと、鏡に映った自分を見つめるようなものね。それが単なる鏡像でしかないと……子供でも知っている。だから人格を機械によって再現するなんて、とても残酷な事よ」
「最も美しい肉体と人格とやらも、自分を哀れんだりするのか」
「さあ……もしかしたら、優越感かもしれないわ」
灼の浮かべた儚げな微笑みに、登悟はこれ見よがしに溜息を吐いて向き直る。
「知ったことか。俺が見えてんのはお前の外見だけだ。その人格とやらが脳にあるのかクラウド上にあるかなんて一々考えてられるか。んな七面倒なこと考えてる暇があったら、半年前の礼に今日の晩メシくらい作りやがれ」
その返答に、灼はきょとんと目を見開いてから、幼い少女のような微笑みを浮かべた。
「まるで通い妻ね」
やかましい、と顔をしかめる登悟に、灼はくすくすと笑った。
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