03
時刻は昼間であり、富裕層の人間ともなれば色々スケジュールが詰まっている時間帯だ。だから登悟は来るのに数時間かかると予想していたが、実際にはものの十分程度で来客があった。
ばたばたと慌ただしい足音と共に、仕立ての良いスーツを着た青年が応接間に飛び込んでくる。
「メディ! メディは何処だ!?」
明らかに我を忘れている青年は、ソファに腰掛けている生体hIEを見つけると、駆け寄っていって恭しく手を握った。
「ああ……こんなに傷つけられて。本当に済まなかった。僕が雑務を任せたりしなければ」
感情のままに言葉を並べる彼に、生体hIEは慰めの言葉を掛けている。
その様子を、応接間の入り口から、もう一人の客人である女性が冷然と見つめていた。
登悟と目が合うと、瞳の気配を貞淑なものに変え、綺麗に腰を折って一礼してくる。その堂に入った上流階級の振る舞いに、単なるヤンキーである登悟は面食らって反応を鈍らせた。
事務所に飛び込んできた青年を眺めていた詠子は、彼女にしては珍しい邪気のない苦笑を浮かべて問いかけた。
「其方のhIEで間違いないかな」
「ああ……、ありがとう。本当に感謝している」
そう言って立ち上がった青年は、ようやく我に返ったらしく、やや決まりの悪そうな表情で名乗った。
「調査を依頼した神宮寺実篤だ。こちらは
「明智……。明智財団の娘か」
「次女です」
女性――百合香は努めて気品を演出しているような声で応じる。それから抑制の利いた声で、青年――実篤に問いかけた。
「実篤さん、彼女は」
「ああ、全く説明をしないまま飛んできてしまったね。威力探偵業を営んでいる鷺森氏だ」
「……失礼、何と?」
キナ臭い言葉を聞いたように眉をひそめる百合香に、登悟は内心で大いに同意した。
威力探偵、などという訳の分からない名称が会話に混じれば、誰だってそういう反応になるだろう。
「名乗るときに都合が良いから使っているだけでね」
詠子が口の端を歪ませながら言った。
「要は何でも屋だ。事件屋、と言ってもいいかもしれない。二十二世紀において需要のあるあらゆる事柄を、武力を持って担当する」
それを聞いた百合香は、反射的に口を開きかけて、必死に自制しているように登悟には見えた。
「……本気ですか?」
やがて百合香が絞り出した声は、咎めるような響きを伴って実篤へと向けられた。
「オフィシャルでない組織に介入させるなど、後でどのような摩擦が起きるか分かりませんよ」
「事を大きくしたくなかったんだ」
言い訳するように実篤が言った。
「父上に知られるわけにはいかないし……何より君との結婚も控えているからね。身辺調査で混乱している状況で式など挙げたくはないだろう」
「それは、そうですが……」
百合香は渋々引き下がったが、瞳には根深い不信感が宿っている。
詠子はそんな二人の様子を眺めながら言った。
「まあ任せておけ。調査と護衛は我々の得意分野だ」
「頼むよ。これまでは僕の身辺で不審な動きが見られる程度だったが、とうとうメディが襲撃されてしまった。もう一刻の猶予もない」
実篤は百合香とは対照的に安堵を滲ませながら頷くと、ふと面々を見渡して、
「ところで、メディを保護してくれたのは?」
詠子と灼の視線がこちらに向けられた。視線を追った実篤と目が合う。
隠す意味もなく、登悟は慎重に言った。
「俺だけど」
「そうか。いや、十分な謝礼をしなければと思ってね。もちろん、依頼とは別口で」
「謝礼……?」
「何か困っていることはないかい? 僕で良ければ力になろう」
その言葉を受けて、登悟の頭に浮かぶことなど一つしかなかった。
(……借金返済のチャンス?)
義手義眼の代金として大学生活四年間の無償奉仕を強いられている登悟にとって、目の前にぶら下がった実篤は金のなる木にしか見えなかった。
だが登悟が何か言う前に、絶妙のタイミングで詠子が口を挟んだ。
「何、依頼の内さ。サービスしておくよ」
「だが……」
「彼もそう見えてウチの優秀なエージェントでね。それでも、どうしても気が済まないというのであれば、報酬に色を付けてくれ。それで十分だ」
「ざっ――」
ふざけんな、と叫びそうになった登悟の義眼に、どこからともなくメッセージが飛来した。
『思い出せ』
単文でありながら、登悟の口を噤ませるのに十分な意味が込められていた。
登悟の義手も義眼も、詠子が作成した特注品で、メンテナンスは彼女にしかできない。そもそも余所の機関で調整ができたとしても、依頼する金も伝手も登悟にはなかった。
ぐ、と顔をしかめる登悟を、詠子は嗜虐的な瞳で見つめて、視線を実篤たちへと戻した。
「では、具体的なプランの話し合いに移ろうか」
「それなんだが、最初に依頼したいことは決まっているんだ」
実篤が傍らの生体hIEの肩に手を置きながら言った。
「彼女の修理を優先したい。その間の護衛を頼みたいんだ」
そう言った登悟の隣で、百合香が不愉快そうな表情を一瞬だけ浮かべたのが、登悟の印象に残った。
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