[第五章:思いの戦い]その5
戦いは、当然のように二つに分かれていた。
チョコとルパイ、純と[カラーディアン]と言った風に。
そして、その中で最も激しい戦いを繰り広げていたのは、後者の方であった。
「…結構、これの扱いも慣れてきたね」
そう言って、純は後退に動いていた体を止めた。
場所は、[色抽出機]のおかれた階層より二層下の倉庫だ。
周囲には外壁を補修するための石材、[染水]のはいった容器や、混合物を塗るための筆などの道具が置かれている。天井は保管スペースを取るため高くとられており、照明も僅かながらあり、淡い光で空間を照らしている。
純はそんな場所へ、今しがたの[カラーディアン]の混合物の発射によりできた穴から降りてきたのだった。
(あれが[色抽出機]にかかったら、あの子が余計苦しむことになるからね)
そう思う純の前で、天井の穴を破り、[カラーディアン]が下りてくる。
「殺ァァァァ」
資材を踏みつぶしながら倉庫内へ降り立った[カラーディアン]は、純の姿を視界に捉える。
己が命令通り、倒すべき相手をしっかりと認識している。
「……」
純はその視線を受け、表情を硬くする。
彼女の視線の先で、[カラーディアン]は未だ二本の爪がかけた右手を動かし、尻尾を揺らす。
そして、姿勢を低くした。
「…」
純はそれを見て、[カラーズハート]の槍を手に、身構える。
「……」
「……」
上層でのチョコたちの戦闘音が聞こえてくることもなく、倉庫内で他に動く者もなく、両者の間で短い静寂が満ちる。
その中で、純は相手を…いや、その頭部に囚われた子どもを見て思う。
(…助けるよ、すぐに)
彼女が思い、[カラーディアン]が静かに唸る。
それが五秒も続いたとき、動きはあった。
「殺ァァァァ!」
先手を取ったのは[カラーディアン]だった。
巨体はそれなりに広い倉庫内を疾走し、向こう側の隅のところへ瞬時に迫ってくる。
さらに、背中の鋭角三角形が開き、翼のように力強く羽ばたく。
強烈な踏み出しと、羽ばたき。その相乗効果で超高速を得た巨体は、それだけで既に、強力な質量兵器と化す。
さらには、表面には触れたものを溶かす混合物がある。
二重の脅威だ。
「ァァァァ!!」
迫る。巨体が、純を潰しに、溶かしに来る。
「…」
それに彼女は、応えた。
「…!」
彼女もまた加速する。
相手の動きを見た瞬間に、既に踏み出された力強い一歩と、外装による四つの床との接触が強烈な反発を生み、彼女を一気に前へと押し出す。
計五つの力が、純を前へと突き進ませる。
「ァァァァ!」
「…!」
直後、二つの力がぶつかった。
そこで打ち合わされたのは、二つの槍と、三つのかぎ爪。
超高速で打ち付けられたそれらは、それぞれ一つを残して破砕。
そして、その際、[カラーディアン]の黄緑に触れそうだった純の軌道が不自然外側に逸れることで、お互いは相手を横目にすれ違う。
直後、三つの武器だったものの破片が倉庫内に落ちる中、双方は空間の端で、滑るようにとまり、相手を見た。
「…今度は、こっちから…」
沈黙、視線の交錯は一瞬。それが過ぎる時には、今度は純が動き出す。
「…行くよ!」
再び、彼女は動く。
一歩の踏み出しで初速を確保し、外装の四つの反発により、氷上を滑るように、弧を描いて移動する。
「ァ!」
移動は五秒とかからない。
そして、それで終わらない。
「…!」
純が一歩を踏み出した。
再び突撃する気だ。
槍が、構えられる。
「ァァァァ!!」
相手は答える。尻尾による薙ぎ払いが左から来る。
素早い。
咄嗟の動き故か狙いこそ大雑把であったが、純を叩き落とすにはサイズと速度で既に十分だ。
事実、巨大な三角の連なりは、純を横から殴打し、宙へと舞わせる。
(…そう簡単には、いかないよね…!)
思いながら純は空中で一回転、外装を活かして床の上を、物を弾き飛ばしながら滑り、殴打によって生じた勢いを殺しきる。
(…反応は早い。体は固い。表面には溶かして来る混合物。結構な強敵だよね)
手放しかけた槍を握り、姿勢を整えて純は思う。
(あの子を解放するには、倒すしかなくて。なら、そのために考えなきゃ)
[カラーディアン]という敵の、最も厄介なものへの対策は、既にある。
自身の戦闘力自体に、そう大きな差はない。
ならば、考えなければならない。
相手に勝つ作戦を。
相手を、上回るための策を、今この場で。
(…それは)
純は再び来る尻尾の振り下ろしを避けながら、今回のここまでの戦いと、前回の戦いを思い出す。
(…隙を見せれば、攻撃をいれてくる)
放たれる混合物を、槍を回して弾き、距離を取る。
(頭に一撃をいれたとき)
羽ばたきで加速した巨体の拳を、床への蹴りと反発で回避。
万全ではないが、前回よりは快調な体を動かし、純は考えた。
そして。
「…よし、そうしよう」
そう、蹴りの回避後に、純は決める。
そして、それはすぐに実行に移される。
万全ではない以上、悠長にやっていれば無理がたたって致命的な隙をさらしてしまう可能性を、分かっているためだ。
だから、まだそれなりに戦えるうちに勝負をつける。そのための布石を、彼女は打ち始めた。
「殺ァァァァァァァァ!!」
しっぽの薙ぎ払いが来る。
それを、純は紙一重で回避する。
だが、直後にやや不安定な動きで滑り、距離を取る。
「殺ァァァァ!」
混合物が複数の玉となって飛んでくる。
それを、空中への跳躍で回避。
ついでくる踏み込みからの加速、それによる拳の一撃を、反発によって後方へはじけ飛ぶことで回避。
だが、直後の着地は成功こそしたものの、倒れかけ、無駄にたたらを踏む。
「ァァァァ?」
その様子を[カラーディアン]が見る中、純はやや震えながら槍を構える。
しかし、その動作もどことなく緩慢であり。
「!」
まるで、疲労しているように見えた。
「…くっ」
実際に、純には確実な疲れがあった。
それを認識した[カラーディアン]はどことなく興奮気味に吠える。
勝てると、純を殺すことができると、確信したかのように。
「…くぅ…」
純が動く。
以前早い方ではあるその動作ではあったが、その速度は、最初のときよりかなり落ち、鈍っていた。
それを、[カラーディアン]は見逃さない。
「…ぁぁあ!」
踏み込む。反発させる。その身が加速する。
無茶な動きにも見える突撃が、敢行される。
直後、余裕を持った尻尾の殴打が、再三純を床へと叩き落とした。
「…ぐっ!」
既に散らかった資材や道具がその影響で転がり、鈍い音、甲高い音を立てる。
そして純は、石材を近くにし、その中心で動かない。
意識はあるが、外装により少し浮いているだけで、起き上がらない。
くしくも、以前の戦闘の最後と近い構図が完成する。
「殺ァァァァ!!」
まったく動く気配のない純を見て、[カラーディアン]は勝利の雄たけびをあげる。
そして、尻尾を両手で構える。
純に当たれば即殺できる混合物を、使う。
「殺…」
地面に掌がついた純が沈黙する中、[カラーディアン]は狙いを定める。
今度こそ、確実に、純・カラーブックを殺す。それだけのために、巨体は。
「ァァァァァァァァ!!」
大量の溶かす性質を発現させた混合液を、純へと勢いよく放った。
「……」
黄緑の破滅が、純へと波のように襲い掛かる。
直後、全てを溶かす脅威が純を、周囲の資材や道具ごと飲み込んだ。
「殺ァァァァァァァァ!」
それを見るが早いか、[カラーディアン]は吠えた。
彼の前方では、黄緑の混合物が、触れた全てを溶かしている。
純・カラーブックが生きているはずはなかった。
だからこそ、[カラーディアン]はついに殺したと認識し、
「ァァァァ!」
…油断した。
「…今!」
瞬間。
黄緑の中から、溶けた石材を放り棄て、何かが飛び出した。
「!?」
[カラーディアン]は、その何かを見て驚く。
それは、無抵抗に溶かされて消えてなくなったカラーヤの姿だったからだ。
「…ァァァァ!」
だが、動揺はすぐに消える。
抹殺対象が生きているならば、殺す。それを巨体は実行する。
先ほどから構えたままの尻尾から、高速で、愚直に、一直線に突っ込んでくる相手に、混合物を浴びせたのだ。
「ァァァァ!」
今度こそ、直撃だった。
先ほどのように、石材のような盾を、相手は持っていなかった。故に、今の多量の混合物で、相手は高速で溶けて消える。
そのはずだった。
「!?」
相手は…純は、黄緑を弾き飛ばし、向かってきた。
「ァァ!?」
立て続けの想定外に、[カラーディアン]は反応できない。
意表をつかれるとやや弱い巨体は、槍を構えた相手の、懐への接近を許した。
「…はぁ!」
そして。
「ァ……」
黄緑の混合物で覆われ、硬い黒の混合物の二重構造で覆われていた巨体の首は、槍が潜り込んだことで、折れた。
「……」
もげる。
最強としてつくられた疑似カラーヤ兵器の頭が、床へと落ちていく。
「…!」
それを純は、[カラーディアン]の首の断面を蹴っての跳躍の後、空中で拾う。
そして、少し危なげな動作で、着地した。
「……」
純の視線の先で、[カラーディアン]の体がよろける。
その形状通り、頭部を思考の中心としていた巨体は、そのまま轟音と共に倉庫の中に倒れこんだ。
「……なんとか、なったね」
言いながら純は沈黙した[カラーディアン]の体を見る。
「…隙を見せて、疲労しているふりをして、油断させて。そして意表を突く。上手くいったね」
初戦で、純が[カラーディアン]の頭部を打撃で着たように、[カラーディアン]は意表を突かれることに少々弱い。
その弱点をつくために、純は相手に自分が弱っていると認識させ、最後のいきなりの一撃に繋げたのだ。
「まぁ、それでも、これがなかったら危なかったけどね」
言って、純は自身が身にまとう、[カラーズハート]の外装を見る。
特に、移動に使う反発性質の部位。
「これで混合物をはじけなかったら、私、完全に溶けて消えちゃってたね」
反発の性質は、全ての物に対して働く。
それは、複数の物質が混ざった黄緑の混合物も例外ではない。
純はそれを活かし、最後の一撃を受ける際、反発部位全てを前へと動かすことで混合物を弾き飛ばしたのだ。自身の速度によって、押しのけるようにして。
そして、槍の一撃を見舞う際にも、表面の混合物を同様の方法で弾いていた。
後は、純粋な腕の力で内部の黒の[塗布処理]も槍で突破し、[カラーディアン]を倒したのである。
「粋の言う通り、使って良かった」
そう笑って言ったのち、純は外装を外し(弾ききれなかった混合物で若干解け、バランスが悪くなっていたため)、[カラーディアン]の頭部へと向き直る。
「……」
ややお粗末な補修がされた額を、力を入れてひび割れさせ、次に丁寧に割れた部位を撮っていく。
それを十数回繰り返せば、既に相手の姿は見えていた。
「…よかった」
「…ぁ」
純は、露わになった小さなカラーヤを見て笑う。
「…ぁぁ!」
その笑顔を見、小さなカラーヤは手を伸ばし、起き上がり、抱き着いた。
「…助けて、くれたの…?」
現実を確認するかのようなその言葉に、純はゆっくりと頷く。
「…助けたよ」
優しい口調と雰囲気の言葉。
それに子どもは、
「…ありがとう」
そう、涙目で言った。
「…」
そんな彼を抱きしめながら、純は天井を見る。
(チョコ…あなたは、どう?)
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