[第五章:思いの戦い]その6

(…どうして、こうなったんだろうな)

 戦いの中、ルパイは思った。

 秀でた技術も、才能も、経験も持たない二人の戦いは、何度も互いの得物をぶつけ合わせるだけの、単調なものだった。

 駆け引きも何もない、ただの力のぶつけ合い。

 決して激しくはない。

 だからこそ、ルパイには心の中で思うことができた。

(俺たちはもともと、ただ。…[染戦]の前のような生活がしたいだけだったのに…)

 そのために、[色抽出機]をつくり、残酷な事実を許容した。

 それに後悔はない。

 …だが。

(…そうしたかったわけじゃない。そうなりたかった、こうなりたかったわけじゃない。だが、どうしようもなかった)

 だから、こうして泥臭い戦いを続けているのだ。

「…!」

「…!」

 黒の[塗布処理]がなされた六角棒と杖が、何度もぶつかり合い、離れ、そしてまた、ぶつかる。

 ほとんど差のない力が、お互いを弾きあう。

 一歩下がり、また踏み出す。

 ただただ、その繰り返し。

「…どうしようもないな」

「…」

 お互いの表情は、冴えているとは決していなかった。

 それでも、それぞれのやると決めたことのため、ぶつかりあう。

「はぁ!」

「はっ!」

 地味で、熱くなく、暗い。

 ルパイとチョコは、この先に何かが直接、開けるわけでもない戦いを続ける。

(…もし。全てのことに原因をもとめるなら)

 ルパイは思い出す。

 寿命で亡くなった父が残した日記から知ったことを。

(…全ては、キャンバスにある。過去に、名も知らない不幸せな誰かが幸せのために作った、思いに応える巨大な白紙。一定周期で、様々な形に変わりうる、遺物)

 世界に当然のように、遥か過去から存在し続けたそれに、全てのカラーヤは翻弄された。

(…今は純・カラーブックの思いに応え、無限の[染水]を持つ、新世代のカラーヤ、色神を

つくるものとなって、どこかへと言ってしまった…それ)

 全てのことは、キャンバスと言う一点に収束する。

(俺も。純・カラーブックも。…そして、チョコも。それから生じる全てに振り回され続けている…)

 どうしようもない現実の中で、あり続けている。

(…チョコ)

 ルパイは、踏み込んでくる彼を見る。

 今、最も振り回されているであろう、彼を。

(君は…)

 重い一撃が来る。

 それをルパイは受けきれず、一歩後退する。

「…」

(…その様子からして、純のようにあることを、決めたわけではないんだろうな)

 ルパイは、悩みの念がうっすらと現れているチョコの表情を見て、そう思う。

(君はこれからどうする?この現実の中)

 それが、ルパイには心配だった。

(…君は、この戦いが終われば、その勝ち負けに関係なく、もうここにいることはできない。今までのようであることはできない。これからどうしていくか、考えなければならない)

 その苦悩は、深いだろう。

(…。俺が、もはや敵となった俺がそんな君にしてやれることは…)

 ルパイは、思った。

(…せめて、全てを教えること、だな…)

 そこで、ルパイは決める。

(この戦いが、俺の価値であろうが、チョコの勝ちであろうが。…全てを教えよう)

 チョコがこれからを決めるために、全てを明かす。この先の道を決める参考とする。

 それが、かつて彼と共にあったルパイの、チョコへの選別だった。

▽―▽


 決着は、呆気ないものだった。

 きっかけは、疲労だ。

 実力が拮抗し、かつお互いの戦闘技能が高くないことで戦闘が長期化したことで、根本的な体力の差が出たのである。

 チョコはこれまで、[菓子団]のことで、普段からあちこちを動き回っていた。それに、純のところでも積極的に働いている。

 対して、基本[天塔]に籠っていたルパイは、あまり体力がなかった。

 その差が、全てを分けたのだ。

「はぁ!」

「ぐっ!?」

 お互いの動きがやや鈍くなった時、チョコの杖による刺突を、ルパイは避けられなかった。

 彼はそれを腹に受けてよろけ、それでも態勢を立て直そうと力んだ。

 それによって生まれた隙を、彼よりは体力に余裕があったチョコが付き、すかさずの一撃を、ルパイの脳天へと叩き込んだのだ。

 彼はそれによって倒れ、得物も手放してしまった。

 決着は、それでついたのだ。

「……」

 そして今。

 チョコは[色抽出機]へと近づき、中の色神を救い出そうとしていた。

 勝ったのにも関わらず、沈んだ表情で。

(…これで、ここのみんなの生活は崩壊する。あれだけ怒っていたことを、私がやることに…、なるとは…、ですね)

 それを割り切ることはできない。

 良いとは思えない。

 だから、辛く感じる。

 それでも今は。

(…助け、ましょう)

 そう思い、チョコは杖を振るってコアの外装を叩き割った。

「…」

 外装の破片が飛び散り、一度閉ざされた[色抽出機]の内部が再び露出する。

 そこには勿論、以前見た色神の姿もあった。

「…助けに、きましたよ」

 小さな声で呟き、チョコは少女を救い出す。

 眠っているのか、以前のように叫ぶこともなく、彼女は静かに抱かれている。

 その静寂が、チョコに考える時間を与えてくる。

(私が、純と同じようにやることの意味を…)

 辛かった。

 達成感も何もなかった。

 一つ、良いと思えることがあるとすれば。

「…あなたが苦しみから解放されて。良かったです…」

 思いによって成し遂げた、それだけであった。

「…純の方は、どうでしょうか」

 そう言って、チョコは歩き出す。

 嬉しさと辛さの入り混じった表情で、下階への階段へと歩いていく。

「…きっと。純なら勝つでしょうね。粋には対策もあるということですし」

 もし、想像通りにそうなっているならば、全ては終わりだ。

 そして、チョコはこの地を去らなければならない。

「…[菓子団]のみんなは、私を許さないでしょうし、追い出すでしょうから」

 容易に想像できるその光景のことを考え、チョコは呟く。

「…これから、どうしましょう」

 今回は、場当たり的に思いによって一つの行動をすることができた。

 だが、純やルパイのように、硬く決意したわけでもない。

 チョコには、これからがないのだ。

「…私は」

 どうしていこう。その問いを、前よりは落ち着いた状態で考え始めた時だった。

「…チョコ」

 彼は、その声に振りむく。

 その視線の先には、どうにか起き上がったらしいルパイの姿があった。

 だが、彼にはもはや戦闘の意思はないらしい。

 疲れ切ってしまったのか、やる気をなくしてしまったのか、彼は下がった肩を上げることもなく、静かにチョコのことを見ている。

「…ルパイ」

 チョコは、もはや共に入れない相手を見て、静かに言う。

 そこへルパイは、言った。

「…もうお別れだな、チョコ」

「……そうですね」

 チョコの目線は自然と下に下がる。

「もう、会うことはないでしょうね」

 そう、言ったところでルパイは言ってきた。

「…だから、な。俺は、お前に全てを教える」

「…全て?」

「ああ。お前がまだ知らない、色々なことを…だ」

 そう言うルパイの表情は、大事な相手を労わるもののようにも見えた。

「お前はそれを聞いて考えるといい。本当に全てを知った上で、これからどうしていくかを。しっかりと…ゆっくりでもな…」

「…ルパイ」

 チョコは、ルパイを見つめ、数秒沈黙する。

「…ありがとうござます」

 その後の数分が、二人の最後の時間だった。

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