[第五章:思いの戦い]その4

「ルパイ…」

 チョコは、ルパイを見る。

 数日前、純を陥れたときからずっと、チョコはルパイとは会っていなかった。

 チョコが良いとは思えない、犠牲を強いる[色抽出機]を作り上げた相手であったがゆえに、顔を合わせることはし難かった。

 だが、今は合わせている。そして、子どもを助けようとするならば、ルパイと向き合うことは避けられない。

 複雑な思いと共に、かつて何も知らず、絶対的に正しいと、良いと思っていた相手と相対することは必要だった。

「…あなたが、何故[色抽出機]をつくったのか。それは、分かっています…」

 純のところへ潜入する前の、ルパイとの会話を思い出しながら、チョコは言う。

「…私たちの暮らしを維持する。そのために、あなたは[色抽出機]を幾つも作り、広めた」

 その確認するような言葉に、ルパイはゆっくりと頷く。

「…ああ」

「…ですが」

 チョコは、ルパイの目を見る。

 彼の正しいと言える側面を理解しているチョコは、鋭くも柔らかくもない目で。

「…あなたは。[色抽出機]のコアに、カラーヤを使った」

「…ああ。そうだな」

 ルパイは少し険し気に目を瞑り、また開けて言う。

「…あの子供たちは。色神は特別だった。[染逆鉾]のないつらい今に、その性質は都合が良すぎた」

「…だから、使って…苦しめることを許容した…と…」

「…ああ」

 決して責めるような口調ではないが、責められてもおかしくはない事実の羅列。

 それを受け、ルパイは一切の否定もなかった。

 そして。

「…そこまで、知ったか」

「…はい」

 そこから、少しの沈黙が空間に満ちる。

 [カラーズハート]の外装で浮かぶ純は喋らず、攻撃命令をまだされていない[カラーディアン]も動かない。

 実質的に、チョコとルパイのための時間と空間が、今このときだけある。

「…ルパイ」

 その中で、チョコは言う。

「…[色抽出機]から子どもを、解放できませんか?」

 そう聞かざるを得なかった。

 答えが薄々分かっていたとしても。

「…なにか、代わりのもので、動かせないですか?」

 もしそうできるのならば、それが最善であるのだから。

 チョコは、自分がこれから純と共にやろうとしていることの意味を理解しているからこそ、その問いを放ってしまう。

 割り切る事なんてできないからこそ、そうしてしまう。

「…チョコ」

 それに対し、ルパイは。

「…チョコ。それは無理だ」

 当然のことを、ただ正直に答える。

「…[染逆鉾]はない。[無垢染水]は少ししかない。生産手段は、これしかない。入手方法も、またそうだ」

「…ルパイ」

「…それが現状だ、チョコ。カラーヤが今までのように過ごすには、色神の犠牲なしにはいられない。むしろ、それが唯一の手段で、希望とも言える」

「…そう、です…か」

 チョコはルパイの言葉を聞き、少し目を伏せる。

「ああ。だからな…」

 そこで言葉を途切れさせ、再びルパイは言葉を紡ぐ。

「だからな、チョコ。君が子どもたちを解放したいなら。純・カラーブックと同じように、実力行使しかない」

「…」

 自身の行為の、意味を思う。

 二つの意味を、思う。

「…俺は何と言われようが、止まることはない。今はこれしかない以上、こうし続ける。子どもを犠牲にし続ける」

「全ては生活の維持のために。これからもずっと、ですか…」

 ルパイは首肯。

「だから、な。チョコは[色抽出機]を壊すほかない。生活を破壊することを許容してしか、子どもを救うことはできない。純・カラーブックのように」

「やっぱり、そうでなんですよね」

 分かり切っていたことだ。

「色神の解放と、生活の維持。その二つを取ることは、今はできない。どちらか一つだ」

 二者択一。両方を取ることは、不可能なのだ。

 そして、それを受け入れた上での、一つの正しさの実行は、一つの間違いの実行に他ならない。

「…君は、色神を解放する方を選んだ」

 その通りではある。だが、それに傾ききったわけではない。それだけを考えるわけではない。

 故に、チョコは頷くこともなく、肯定の言葉を放つこともなく、

「…。…ルパイは。生活の維持を選んだ…」

「ああ。そして、お互いに引くつもりはない。そうだろう?」

 その言葉にチョコは、数秒の沈黙の後、ゆっくりと頷く。

「…はい。私は、子どもを解放したいです」

 迷いの中にあっても出した、チョコの思い故の答え。

 それが、ルパイに相対するためのものである。

 先を見えない中、ひとまずの一歩を踏み出すためのものである。

「…なら、俺たちは戦うしかない。それぞれの、正しくて間違っているもののために。こうするしかない現状の中で」

「…ルパイ」

 チョコはルパイを見る。

 そして、数秒の逡巡の後、杖を両手で構える。それは、チョコの意志の証明であり、

『…』

 戦いの直前に今あることを、示す行為でもある。

 故に、

「…チョコ」

 ルパイもまた、コートの中から黒の六角棒を取り出し、右手で保持する。

 辛そうに。

「待っててね」

 純は真剣な表情で[カラーディアン]を見上げ、外装による加速の準備をする。

「…今度は勝って、助けるから」

 最後に、

「殺ぁぁぁ…」

 [カラーディアン]は、ルパイの上げられた左手に反応し、応急処置的に額が修復された頭と、尻尾を動かす。

『……』

 チョコと純。

 ルパイと[カラーディアン]。

 彼らは、動き出す。

 空間の隅に動かされた[色抽出機]が静かに見守る中、二者択一の、最後の戦いが始まった。

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