[第五章:思いの戦い]その3

 [菓子団]のカラーヤ達が正気とは真逆の方向で、純の偽物を掴まされて憤っている頃。

 チョコたちは昇降機の周辺まで来ていた。

 周囲のカラーヤは一般の物が多少いるだけで、純関連の事情もよく知らないため、彼らを見ても特に何かをすることもなく、素通りしていく。

 そんな中、純はチョコを抱えたまま、ふと呟いた。

「[カラーズハート]と私の服を変えて囮にするなんて、ね」

 そう。粋が出した考えというのは純と[カラーズハート]の衣装を交換し、後者を純に仕立てあげ、邪魔な[菓子団]のものたちを引きつけることだったのである。

 今現在、その目論見は成功し、[菓子団]のカラーヤ達は真逆の方向へ離れていくこととなった。

 そこから今チョコたちがいる場所へ戻ってくるのは、それなりの時間がかかる。

 しばらくは、邪魔はない。

「…おかげで、ここまで順調にこれたね」

「はい。…まぁ、ずっと純にだっこ状態は、あったかくて…なんか気恥ずかしかったですけど」

 ここに来るまで、彼女はチョコをとても優しく抱いていた。

 はた目には雑に抱えているだけのようにみえたが、その実、まるで子どもを抱きしめるかのような、温かく柔らかい抱擁が、胸の存在と腕の力のかけかたによって実現していた。

 チョコはそれを気絶するふりを完璧に実行しながらもされ続けたことで、内心ちょっとした気恥ずかしさを感じていたのである。

「あひゃあひゃひゃ!仕方ねぇだろ?これも…作戦のうち、なんだからかな」

「はい…。それは、分かってます」

 そうは言っても、今現在も抱かれ続けている以上、気恥ずかしさは中々晴れ難いものがあるのであった。

「…これ、そんなに恥ずかしいかな?アカミとかはこういうのやっても、むしろ喜ぶんだけど」

「…そりゃ、あの子たちは純のこと大好きですし、喜ぶでしょうけど」

 人気のない、植林された大通りを運ばれていく中、チョコはそう言う。

「…おい、チョコ。そう言う言い方するってやっぱり、お前は純のこと嫌いなのか?」

 粋は少し深い層に眉を顰めて言う。

 チョコの元々の目的や、[菓子団]であることから、その傾向を考え、そう言ったのだろう。

 それに彼は、

「いえ。最初は、そうでしたよ。何も、知らなかったときは。…でも今は」

「今は?なんだ?」

「まぁそれなりに…」

 角を左に曲がる。

 それに、慣れない外装の操作で純が転びかけ、なんとか立て直した後、粋はチョコへ言う。

「…お前、まさか純を狙っているのか?」

「狙って?いえ、もう殺そうとは…」

「いや、アンダーな意味で」

 真顔の言葉。

「…え」

 一秒して粋の言葉の意味を解したチョコは思い切り首を左右に振る。

「いやいや、そんなことはないですよ。あくまでも私は、純を仲間とか、そういう意味合いである程度好いているだけです…」

「そ、そうなんだ。…うれしい、かな…」

 そこで純が顔を赤くして、嬉しそうに少し笑う。

「あ、はい」

 変なタイミングで好いている告白をし、当人に喜ばれたことで、チョコは少しこそばゆくなる。

 そんな二人の様子を見て、粋は微妙な表情をし、

「…。純。ここでのことが嬉しいことしてやる。もちろん、アンダーな意味でな」

「え、粋、急にそんな…」

彼の急な発言に、純はさらに、別の意味で赤くなる。

「…嫌か?」

「…嫌じゃぁ、ないけど。気持ちいいいし…」

「…それじゃぁ、後でちゃんと楽しくなろうな?」

「う、うん……てっ。チョコがいる前でそんなことはちょっと…」

 普段のことを思い出していたのか、少し呆け気味だった純は、慌ててそう言う。

「あひゃひゃひゃ!すまんな。純とチョコがそんな雰囲気したら、なんかもやもやしてな」

 普段から純にしょっちゅう、愛ゆえのちょっかいをかけている粋である。

 目の前で純とチョコが少しいい空気になったことが、少し気にくわなかったのかも。

「…だとしても、こんなところでそんな話題しなくても…」

(…やっぱり、この二人変態…)

 残念ながら、その評価だけは覆らなかったようである。

「…しかし、それはそれとして、です。もう、昇降機ですよ」

 言ってチョコは純からおろしてもらって、目の前の建物の影から、その先を窺う。

「…ありました」

「…そう」

「そうか」

[確認]

 今まで全く会話に入らずに背後からついてきていた[カラーズハート]を含め、全員が目的の場所を窺う。

「あれが…」

「そうです。昇降機の入り口です」

 チョコたちの視線の先には、中心部にアーチを持つ、小規模な庭園にも見えるものがある。

 そしてその少し奥に、外装を含めた[カラーズハート]の背丈よりそれなり高い空間が、ぽっかりと口を開けており、その両端を一人ずつ[カラーズハート]が入り口を守っていた。

「…あそこの[カラーズハート]を倒し、昇降機のロープを確保すれば、使うことができます」

「確か、乗って紐を引っ張って、上に行くんだよね?」

「そうです。だから、引っ張る側と[色抽出機]に行く掛でわけなきゃいけないんですけど…」

 チョコは改めて昇降機の入り口に無言で浮いている[カラーズハート]二人を見る。

「まずは、あの二人を倒さないと」

「なら、私に任せて」

 そう言って、純は[カラーズハート]の槍を持って、一歩分前へと出る。

「…私が一番強いし、すぐ倒せる。…なにより」

 純は、自分の体を覆う[カラーズハート]の外装を見る。

「…ここまででそれなりには扱い分かったけど、ちゃんとこれに慣れないとね」

 だってと、純は言い、粋を見る。

「…これが、[カラーディアン]攻略の鍵なんだから」

「あひゃひゃひゃ。そうだな」

[同意]

「…それじゃぁ純。お願いできますか?」

「うん。言ってくる」

 そう言って、純はチョコの達の下を離れる。

 跳躍ではない。

 [カラーズハート]と同じように、反発からの加速、滑空だ。

「頑張れよ、純」

「頑張ってください」

 そう二人が言う中、純は庭園を超え、二人の[カラーズハート]の前に躍り出る。

[不審者]

[防御]

 素早くカードをしまい、[カラーズハート]たちは槍を構える。

 そこへ、加速した純が飛び込み、槍の両端で二人の得物と打ち合う。

[排除]

[排除]

 背中でカードを揺らし、[カラーズハート]たちは純を押し返す。

 彼女はそれをあえて受け、跳ねるように後退。直後、着地する際に体をやや斜めにすることで、滑るように地面を動く。

「応用の練習、やってみよう!」

[排除]

[排除]

 純の軌道を予想し、[カラーズハート]たちは純の未来位置へと、槍を正面に、飛び込んでくる。

 それを見た純は、

「練習!」

 言って、外装の角度を変更。

 後ろ側に勢い付けて倒し、その際の反発で跳ねるように前へ。

 そしてそのまま、槍を回転させつつも[カラーズハート]たちの下へ飛び込む。

『!?』

 思ったより高度な動きに驚愕する二人に、純の突撃が来る。

 宙を跳んでいる状態の二人はそれを回避できない。

 一瞬で来た回転する槍にそれぞれの得物を弾き飛ばされ、ついで純の体当たりで二人とも弾き飛ばされ、地面を何度か浮かびながら転がる。

 それが終わって、二人は二秒ほどで起き上がるが、その時点でもう遅い。

『!?』

 いつの間にか、眼前にそれぞれの槍の尻があった。

 そしてそれは、視認した時には両名の頭を打ち、そのまま昏倒させる。

[敗北]

[敗北]

 そんなカードを近くに転がせながら。

「練習は、こんなところかな?」

 槍を投擲した純は、気絶した[カラーズハート]を見てそう言った。

「早いですね、純」

 そう言って、チョコは物陰から出、粋や[カラーズハート]と共に、純の下へ駆け寄る。

「うん。時間をかけてでもするのは、ここじゃないからね」

 純は言って、昇降機を見て言う。

 チョコはそれに触発され、

「…それじゃぁ、昇降機のことをどうするか決めましょうか」

「そうだね」

 と、純が頷いたところだった。

「…そんなことは決まってるぜ?」

『え?』

 粋が、突然の言葉に、チョコと純はキョトンとする。

「どういうこと?」

 首を傾げる純に、粋は笑い、

「あひゃひゃひゃ!純、簡単な話だ」

 粋は背後の[カラーズハート]に視線を寄こして言う。

「昇降機はもともとこいつらで動かすこと前提。だから、こいつはまず決まり。そんでロープは二本だから、あと一人。そこで俺だ」

「え、いいんですか?粋はそっちで」

「ああ。俺には腕力にはある程度の自信がある。純をアレなことで強襲するには、腕を使うからな、鍛えてんだ」

「……」

 後半の内容に、若干チョコが引く。

 …と、そこへ粋は続けて言ってきた。

「それに、チョコが純と一緒に行くのがいからない」

「…どうして」

 粋の発言に、少し戸惑うチョコに、答えが返ってくる。

「…助けるって、決めたんだろ?子どもを。なら、行け。せっかくやろうと思ったことを、邪魔する気はないからな、俺には」

「…粋」

 粋は、一度裏切られたにも関わらず、そんな気遣いをしてくれる。

 そのことに、チョコは罪悪感と、嬉しさを感じるのだった。

「…分かりました。行きましょう、純」

「うん、そうだね」

 そう言って、二人は動き出す。

 [カラーズハート]と粋がロープを握り、昇降機に乗った二人を、送り出す。

「…頑張ってこいよ」

 そんな言葉と共に。




 …そして、最後の戦いが目前に迫る。

(…助けるということは、[色抽出機]を壊すことになる)

 それを改めて意識し、チョコの気持ちは再び複雑になる。

 だが、今は止まらない。今回は、彼は動く。

「…純は、[カラーディアン]を倒すんでしたね?」

「うん」

「…なら私は、[色抽出機]を…」

(それはある意味でいいことで、ある意味で悪い事。…生活を壊すことが正しいとは思えない…。でも)

 あんなふうに小さな子を苦しめて[無垢染水]をつくる。それは、受け入れられなかった。

 より、正しいとは思うことができなかった。

 だからこそ、チョコは行く。

 今も心がどこか惑いながら、それでも。

「…私は」

「…うん」

 前を向くチョコを見て、純が笑いかけた時、昇降機が止まる。

 二人は、それを合図に進みだす。

 その視線の先で待ち構えているのは一人の男だった。

「……これは」

 彼が、息を飲む。

「つまりそういうことか」

 彼は二人、特にチョコを見て驚き、悩まし気に、顔に手を当てる。

「…知って、しまったか」

 辛そうなその言葉に、チョコは頷く。そして、言った。

「ええ…。だから、ここに来ましたよ。…ルパイ」

 そう言って、チョコは純と共に、[カラーディアン]を背に立つルパイを見た。

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