[第五章:思いの戦い]その2
「…!」
粋がまいたもので、周囲のカラーヤ達が目をやられて数分。
回復した彼らが見たのは、今までは逆方向へ向かう、純らしき者の影だった。
「あっちだ!あっち行ったぞ!」
「逃がすな!」
「これまで悠長に休んでた間抜けさを思い知らせろ!」
「殺せー!」
「殺せー!」
「こ」
「ろ」
「せぇぇぇぇぇ!」
口々に言う[菓子団]のカラーヤ達は、建物の屋根を疾走する相手を追う。
一方で走る彼女はやや顔を俯かせ、顔を見せないようにし、ウィンプルを揺らして走っていく。
「…!さっきより格段に動きが鈍くなってる!」
「やっぱり消耗している!確実に、殺・れ・る!」
「行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
走る。走る。走る。走る。
彼らは走り続ける。
純・カラーブックという、最低最悪の相手を今度こそ仕留めようと、それだけを考えて進んでいく。
その中、塔を前に少し遅れて、紫髪にワンピースとマフラーのカラーヤもまた、走っていた。
「…今度こそ、今度こそ、倒すのよ…純、カラーブックを…!」
思い出されるのは、こことは違う[天塔]。
今は、[色抽出機]の恩恵を受けられなくなった、悲惨な場所だ。
そこからやってきた彼女は、純の来訪、そして退去の後に生活の全てが数日と絶たずに崩壊してきたことを思い返す。
その際の苦しみも、である。
(間違っている。間違っている。間違っている!あんなの!だから…殺してでも、止める!)
彼女もまた、以前のチョコのように動く。
真実を知らず、間違っているとも言えるが、同時に正しいともいえるその行為を、彼女らはやる。
「…チョコが裏切ったりしなければ…」
紫髪の彼女は憎々し気に呟く。
チョコが純を匿ってたりしなければ、こんなことにはならなかった。
例え生き残っていたところで、すぐに見つけ出されてとどめを刺されるはずだったのである。
それが、チョコの気狂いで苦労することになっている。
[菓子団]とは関係のないカラーヤまで巻き込んだ、大騒動に発展しているのだ。
「…チョコ。純を殺して…あんたを捕まえたら、ちゃんと反省、更生してもらうんだからね」
呟き、一足遅れて、彼女は純が上った塔を通過する。
「…?」
そのときだった。
紫髪の彼女は、塔の最下層の扉を開け、出てくる存在を視界の端に捉える。
「…[カラーズハート]?」
怪訝な表情で、彼女は呟く。
ここで出てきたのが、カラーヤであれば、一般人が出てきた程度の認識で済んだだろう。
だが、[カラーズハート]ともなれば話は別だ。
今現在、この[天塔]にいる[カラーズハート]の大半は、純の包囲戦のとき、誘発された同士討ちによって負傷し、療養中である。
一応、その戦闘に参加しなかったものや偶然軽傷で済んだ者もいるにはいる。
だが、それが塔の中から出てくるというのは少々奇妙ではある。
「なんで…」
だが、紫髪の彼女の疑問は、すぐに吹き飛ぶことになった。
「………!?」
原因は、なんとなしに顔を動かしたこと。
それによって、特に意図なく右側に揺れた彼女の視界の端、[カラーズハート]の腕の中に、あるものが映ったのである。
…それは。
「チョコ…!」
あの、この事態を引き起こした原因ともいえる、カラーヤだった。
「…これは…」
紫髪の少女は、[カラーズハート]を見る。
長い銀髪で顔が見えない彼女の腕の中には、気絶しているのか動かないチョコの姿がある。
腹には殴られたようにも見える服の窪みがあり、そのから見える彼の腕は、力なく垂れ下がっている。
「…」
急なことに少々驚く紫髪の彼女。そこに、[カラーズハート]の後ろの方から声がかかった。
「…捕まえたぜ、裏切り者を」
紫髪が見ると、チョコを抱えた[カラーズハート]の後ろから、一人のカラーヤが出てくる。
見た目としては、頭の中央、縦に走った髪に杖を巻き付けた、黒のタンクトップ姿というもので、男のようである(杖は邪魔だったのか後ろに払った)。
「…捕まえたって、どういうこと?」
「ああ。さっき、あの最低クソ野郎の純カラブックが、この塔に入ったろ?そのとき、俺はこいつと一緒に、隠れてたわけなんだけどな。そこで休んでた連中に一緒に不意打ちをくれたやったんだ」
「それで、純・カラーブックは慌ててあっちがわに?」
「ああ。だが、チョコの方はこうして仕留められたわけだ。これから連れてくところだ」
「なるほどね」
紫髪の彼女は納得して頷く。
「…おい、お前も早くあっちに行った方がいいぞ?チョコの馬鹿野郎のことはこっちに任せとけ」
「ええ、分かったわ」
深く紫髪の彼女は頷き、純らしき者が走っていった方へと向かう。
(…後は、弱った純・カラーブックだけよ…!確実に仕留める…!加勢するわ!)
そんなことを思いながら、紫髪の彼女は進んだ。
確実に再形成される、純・カラーブック包囲網の一員として加わっていった。
…そして。
「追い詰めたわよ!」
チョコの連行を見送って十数分と絶たぬうちに、純らしき相手を追い詰めることに、[菓子団]の者たちは成功していた。
「…」
円型の公園の中、もはやどこにも逃げられぬと悟り、ウィンプルの少女は焦り故か体を固くする。
その際、思わず片手が背中へと延びかけたが、途中で止めていた。
「純・カラーブック!あんたの命運もここまでよ!」
「…」
「だんまり?そんなことしてこの場を切り抜ける手段、考えても無駄よ!」
「そうだ!」
「そうだ!」
言葉とともに、ウィンプルの少女の周囲に、武器やゴミが投げ込まれる。
「このクソ野郎!」
「死ねよ!」
「二度と迷惑かけるなぁなぁ!」
「報いを受けるのです!」
「散々他の奴らを苦しめたなぁ!」
「反省してください!」
恨みと怒り、それに積年の相手を追い詰めたという認識による高揚で、周囲のカラーヤ達は好き放題に言葉を放つ。
勝利への確信を持って、ウィンプルの少女を睨みつける。罵詈雑言が投げかけられ、責める声が響き渡る。
「……」
その中で、ウィンプルの少女はほんの少しだけ身をすくませる。だが、それ以上何も動くことはなく、ずっと無言で立っていた。
「純・カラーブック!」
そんな状態が続いた中、紫髪の彼女は前に出て、ウィンプルの少女に言葉を投げかける。
「…これから、私たちはあんたを殺す。…だけどその前に、二つ言っておくことがあるわ」
他のカラーヤよりも鋭い視線で相手を睨みつけ、紫髪は言う。
「…最後に言い残したいことでもある?あるなら言って。そしたら…」
それを徹底的に否定してやる。
ウィンプルの少女はその言葉を受けて、無言だ。まるで無視しているかのようでもある。
紫髪の少女はそれに苛立って眉を寄せ、続ける。
「そして。もう一つ。これは絶対に聞いてもらうわ」
「…?」
有無を言わせぬ口調に、ウィンプルの少女が少し顔を上げた直後、紫髪の彼女は叫ぶ。
「私たちに、謝って!死ぬ前の、せめてもの…誠意として!」
「そうだ!」
「謝ってくだちゃい!」
「そうする!そうするがいい!」
紫髪の彼女の言葉に、周囲のカラーヤ達は同調する。
一分もしないうちに、周囲は謝れと声のみに包まれる。
「…」
圧倒的な感情の重圧が、ウィンプルの少女へと襲い掛かる。
やれという圧力が、彼女を締め上げんと鎌首をもたげた。
…だが。
「…」
それらを受けてなお、彼女は無言だった。
「…このぉ。死に際になっても、少しの反省もできないなんて…」
瞬間、紫髪の彼女は、地を蹴る。
「純・カラァァァァァァブゥゥゥゥゥゥック!」
拳を握り、ウィンプルの少女へと襲い掛かった。
「…」
そして、紫髪の拳を、少女が受け止めた直後。
「…!」
紫髪の彼女は、俯き気味で今まで見えづらかった相手の顔を見る。
純・カラーブックとは全く違う、見覚えのあるそれを。
「純・カラーブックじゃなく、[カラーズハート]!?これって」
予想とは違う事実に、紫髪の少女は思わず声を上げる。
直後。
「…っ」
ウィンプルの少女が、懐から素早く取り題した玉を地面に叩きつけ…周囲は、先刻と同じ光、そして粉塵に包まれたのだった。
「うっ…前が」
「…」
そう言っている間に、ウィンプルの少女…純の偽物はどこかへと去っていく。
(ぐ…してやられた…偽物を掴まされるなんて…くぅ)
そんな思いが一致したからか、[天塔]内に一斉に声が響き渡る。
『おのれぇぇぇぇぇぇ、純・カラァァァァァァブゥゥゥゥゥゥック!!!』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます