[第五章:思いの戦い]その1
「純・カラーブックを殺せぇ!」
「チョコも捕まえるのよ!徹底的にお仕置きして、悔い改めさせるのよ!」
「そうだやれぇ!」
「やれぇ!」
『おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』
チョコの家周辺にいたカラーヤ達は口々に言い、全力で走っていく。
彼らが追う対象は勿論、チョコを抱えて疾走する純であった。
「…[菓子団]の六割はいますよ、ざっと見た感じ…!」
走りの速度差からすぐに抱えられることになったチョコは、周囲を見て言う。
相手の数は怪我をしている者も含めて総勢で六十程。純を包囲した時の[カラーズハート]よりは少なく、個々の力も決して強くはない。
だが、その不足は怒りや恨み、憎しみ、執念によって補われている。
「待てぇぇぇぇぇ!」
千差万別の色が蠢き、純たちの動きに従って流動していく。
手には棒や杖、板など、とにかく物理攻撃に使えるものが握られ、顔面には鬼の形相が浮かんだ状態で、彼らは迫ってくる。
(…これ、結構不味い…)
純は走りながらそう思う。
六十人は三手に分かれ、純たちを包囲しようとしてくる。
(…あの…[カラーディアン]っていうのと戦わなきゃいけないのに…)
包囲を行うカラーヤ達は、純より圧倒的に格下だ。
故に、戦って負けることはまずない。
ただ、三つの集団による代わりばんこの攻撃は、かなり厄介だ。
塔内の構造把握による相手側の先回りと、それへの対応は避けがたい。
そして、一々相手をしていると、体力の消耗は避けられない。ただでさえ体が万全ではないというのに。
(…[カラーズハート]に包囲された時みたいに、同士討ちをさせるのも難しいし…)
数日前に[カラーズハート]に囲まれた時は、初撃をどうにか回避したのち、狭い空間での乱戦を誘発することで、飛び道具による同士討ちを誘い、攻略することができた。
だが、今純が走る階層は居住のための場所で、[天塔]自体も大きいこともあって、それなりに広い。
飛び道具も使ってこない以上、[カラーズハート]にやった戦法を使うことはできない。
「……どうしよう…」
純は走る。
できるだけ体力を温存するため、一刻も早く包囲を突破するため、カラーヤ達から離れようとする。
「純…昇降機はまだ先です…!」
「うん…!」
前のように階段を上るのは体力を消耗する。故に、純はチョコの案内に従い、[色抽出機]のある階層へ行ける昇降機へと向かっていたのだ。
だが。
『死ねぇぇ!!』
角を曲がった先、大量の槍や棒、石が純たちへ降り注ぐ。
万全でない体に受けるわけにもいかず、純は後退して回避するが、今度は剣術の心得があるカラーヤが振り下ろしの一撃を狙ってくる。
それにチョコの杖で応戦し、相手の得物を弾き、近くの建物の屋上へと跳躍する。
だが、そこには瓶を持ったカラーヤ三人がおり、立て続けに投げつけてくる。
これもまた回避し、別の建物へ飛び移ろうと跳ぶと、さらに別のカラーヤが鉄棒を投擲し、叩き落そうとしてくる。
それを視界の端で捉えると、チョコを抱くようにして後ろへと体を動かすことで、斜め後ろへの回転を付けて軌道を変更。
直後に一回転して着地すると、周囲のカラーヤが素人の動きでこそあるが、圧倒的な物量で殴り掛かりに来る。
それを、杖を振り回しながら速攻で一点突破し、一時的にカラーヤの数が減った、遠くに高い塔が見える道を疾走する。
「純、大丈夫ですか?」
「…まぁ、これぐらいなら」
とは言いつつも、純は不安に思う。
(確実に…疲れてきてる…)
完全回復していない体では、疲労はたまりやすい。加えて、連続での三次元軌道だ。
疲れないはずがない。
そしてそれは、彼女らを追う者たちにも伝わっているようで、
「さっきより動きが微かだが鈍くなった!」
「あいつ回復しきってないんだ!」
「このままいくのぉ!もう四割ダメだけど、残りでやりきれる!」
『純・カラーブックを、潰すのじゃァァァァぁぁ!!』
怒声とともに、カラーヤが迫ってくる。
(このままじゃ…ジリ貧…)
体力が枯渇してしまっては意味がない。
現状をどうにか打開する必要が、二人にはあった。
「…なにか、手はないのでしょうか…」
焦り気味にチョコはそう呟く。だが、彼にできることはないだろう。
仲間とは言っても、怒り心頭の[菓子団]の者たちは、彼の言葉など聞かないだろうから。
彼にできるのは、せいぜいが案内程度なのである。
「…手…」
そう呟いたとき、純は今まで忘れていたことを思い出す。
(そうだ。確か出る前…徒花に)
彼が、万が一の時にやるよう言われていたことを、純は振り返る。
「そうだった…。呼ぼう」
「呼ぶ?誰をです?」
揺られる中でそう言うチョコに、純は笑って答える。
「…それはね」
そこで、純は今まで最大の跳躍を行う。
二人は宙を舞い、近くにまできた、円型の階層が連なって構成される、塔の中腹のテラスに着地する。
そして、チョコを守るように抱いて立ち上がった純は、テラスで息を吸い、
「…………来てぇぇぇぇぇ!!粋ぃぃぃぃぃ!!」
「!?」
できる限りの大声で、そう叫んだ時だった。
「あひゃっひゃひゃ!聞こえたぜ、純ぃぃぃぃ!」
塔の頂から声が聞こえる。同時に、そこから大量の何かが、地上のカラーヤ達にばら撒かれる。
「なんだ!?」
「玉?」
「にゃにかなぁ?」
直後、地面へ当たった玉が、全て破裂した。ついで、その中から一斉に光が放たれた。
『のぎゃぁぁぁぁぁぁ!?』
それを受け、三方向から塔へと迫っていたカラーヤ達は、一時的にではあるが目をやられ、急な刺激にのたうち回る。
チョコはその様子を、テラスから見下ろす。
「…こ、これは一体…」
そうチョコが言っていると、奥の方から、一人のカラーヤが歩いて来る。
「…ちょっとしたおもちゃだ。マゼンダと鉄の奴を衝撃がなければ、はじけ飛ばないギリギリの状態で玉にして、中に発光性質の混合物をいれた、な」
それに、二人は振り向く。
「…純の声が聞こえやすいよう、助けやすいよう、ここに潜んでたのは正解だったな。…ま、随分暇だったけどな?あひゃひゃ」
などと言う彼を捉え、純は言う。
「…粋!」
[カラーバーン]にいた二人の[カラーズハート]と共にいる自身の夫を見る。
「久しぶりだな、純。ちゃんと生き残ってて、嬉しいぜ?」
「うん!」
純は夫との再会に嬉しくなり、その手を取って笑う。
そして、
「私がこうしてられるの、チョコのおかげなんだ」
と、彼の方を見て言う。
「ほう、そうか」
粋は、驚いて目を見開くチョコを見る。
「…いろいろ感謝するぜぇ?純を助けてくれて……そんで、罠に嵌めたりな」
「…あ、えっと、それは…」
そのことに関しては言い訳もなにもできないため、チョコは言葉に詰まる。
「…すいません」
それだけは言おうと思ったのか、チョコは粋を見て、申し訳なさげに言う。
彼はそれを受け、少し黙っていたが、
「……まぁ、いいだろ。とりあえずはな」
これまでの状況を把握しているらしい粋は、チョコへの怒りを少し見せつつ、収める。
「…それより、今だ。純、今は何をしてる?さっきの奴で少しは安心だ。話してくれ」
その言葉に、純はここまでのことをすべて話す。
[カラーディアン]との戦いや、二人の色神、昇降機に向かっていること、それら全てを。
「なるほどなぁ。体力をこれ以上使わず、かつ、この包囲網の突破かぁ」
「うん。さっきのとか、使える?」
「いや、あれはそんなに長時間やれないし、割とすぐに目も慣れる。距離はまだあるんだろ?」
「はい。昇降機の入り口までは、まだそれなりに」
「…包囲網はある。屋根伝いも待機しているやつもいて厳しいか。…なら」
そこで、粋は怪しく表情を歪ませる。
「…なら、いい考えがあるぞ」
「いい、考えですか?」
「どんなの、粋?」
二人は期待して粋に問う。
「ああ。これは[カラーディアン]攻略にも繋がるいいものだぜ?」
「え、本当ですか?そこまでの?」
「ああ…その通りだ」
そう言って、粋は視線を横に…一人の[カラーズハート]へ送った。
[なんでしょう]
視線を受けた[カラーズハート]は、カードを掲げて言外に言う。
「…おい、脱げ」
『え?』
「!?」
「さぁ、悠長にしている暇は、ねぇぞぉ!」
[待つ]
[待つ]
[待つ]
[カラーズハート]は青ざめて後ろへ後ずさり、カードを何度も掲げる。
彼女の主はあくまでも徒花であり、従うように命令されていても、彼相手程の絶対的なものではない。
故に、こうして若干嫌がっているのである。薄い自我でも嫌に思ったために。
だが、粋は一切気にすることない。容赦なく彼女へと迫り、
「待たない、ぞ?」
「ん……!!!!!」
珍しくも[カラーズハート]が声を上げる中、その身を包む衣服と外装が、次々と脱がされていく。
一投げで筒が転がり、一投げで外装が音とを立てて四つに分解され、一投げで服が床にふわりと落ち、
「え、ええ…」
「…い、粋…」
二人がその光景を見て、やや引いて呟く中、もう一人の[カラーズハート]は、静かに手を合わせた。
かわいそうに、とでもいいたげに。
「…さぁ、純。準備だぜ?」
全裸になり、青ざめた表情で震える[カラーズハート]と、その肩に手を置くもう一人を背に、粋は純に言った。
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