[第四章:あなたは、どうする?]その5
突如、チョコの家の玄関扉は、外から激しく叩かれた。
「…な、何事ですか!?」
純への悩みの相談により、少しは元気になっていたチョコは、背後からの音に振り向く。
響いてくるそれは、鈍く大きい。音を作り出す外からの動作が、相当に荒い証拠だ。
(まるで、怒っているかのような…)
そうチョコが思っていると、音は収まり、数秒の間だけ静寂が満ちる。
(…なにが…)
そう思い、チョコが玄関へと近づいた時だった。
「…チョコ。チョコはいる!?」
静寂を破り、怒りに染まった声が響いてくる。
壁一枚を隔てている割には、その音はかなり明瞭で、くぐもりは僅かだ。相当な声量である。
それほど、相手が激情に駆られているということであろう。
「…」
チョコは怒声にただならぬものを感じて、若干怖くなり、少し回答をためらう。だが、このまま答えたらどうなるか分からないことと、声が[菓子団]の仲間のものであったため、彼は答える。
「…いますが、なんの用です?こんな朝方に」
そう問うチョコへ、相手は落ち着くためか数秒の沈黙をする。
そして、感情を押し殺しきれていない低い声で、彼へと言葉を投げた。
「…純・カラーブックがいるでしょ」
「…!」
チョコは受けた言葉に、背筋が冷えるような感覚を得る。
指摘されたことは、事実だ。
彼は相談をした日から、純を追い出すわけにもいかず、匿っている。
むしろ、共にいたときのよしみと、相談に乗ってくれた感謝から、進んでやっていたところもあった。
それを指摘されたようで、彼はひやりとする。
彼は[菓子団]の一員である以上、純を匿うなどもってのほかなのだから。
「…チョコ。あなた、純・カラーブックを匿っているでしょう?」
言葉は疑問形。しかし、放たれる雰囲気からは確信を感じることができた。
誤魔化しは、聞かない。
「…正直に、答えなさい」
「…」
相手の言葉からは、相変わらずの怒気を感じる。
そしてチョコには、当然その理由が分かった。
(純を匿っているから…)
扉の向こうのカラーヤを含め、[菓子団]のものたちは、[色抽出機]の真実を知らない。
故に、純がそれを壊す理由も知らず、一面的な捉え方のみをして、この[天塔]を出る前のチョコと同じように、彼女を捉えている。
最低最悪のカラーヤとして。
だからこそ、その純を匿うということが、[菓子団]の者たちの逆鱗に触れるのは間違いなく。
「…」
放たれる言葉は、決まっているようなものだった。
「…開けなさい。チョコ…裏切り者!」
「…!」
その言葉に、チョコが息を呑む中、要求は突きつけられる。
「…純・カラーブックを、渡しなさい!」
『そうだ!』
呼応するように、十人ほどのカラーヤの声が、外から聞こえてくる。
「……」
さらに、窓の方からも怒声が聞こえてくる。
「…まさか、周囲、全てが…」
チョコは、厚紙で雑に塞いだだけの窓の隙間から、外を窺う。
そうして見えたのは、集合住宅の外側、立てるところ全てに立つ、多数のカラーヤ達だった。
幾人か怪我をしている者もおり、そんな者たち含めた全員が、チョコへと要求してくる。
純・カラーブックを、渡せと。
怒りと恨みの感情のままに。
「…何も知らないと…こう。…まるで、以前の私を見ているみたいです…」
[色抽出機]を絶対的にいいものと思い込み、純・カラーブックを絶対悪として断罪する。
実際の被害があるとはいっても、過去の自分と全く同じ行動をとる仲間たちに、チョコは複雑な気持ちだった。
(…これもある意味正しいですけど…)
そう思いながら、[色抽出機]の中の少女のことを、チョコが思い浮かべた時だった。
「…そろそろ、行動する時だね」
「純…」
チョコが窓から視線をベッドに向けると、純が起き上がっているところだった。
「…傷、まだ治り切ってないんですよね…」
「…うん。…でも」
手足に包帯を巻き、チョコの寝間着を来た純は、包帯のあるところをさすりながら立ち上がる。
「…これ以上、休んでられない状況みたいだし…」
言って、純は動きの邪魔になる包帯は外し、机の上に置かれていたウィンプルを手に取り、被る。
「…ありがとう、チョコ」
「…純」
チョコは、素早く身支度を整えてしまった純を見つめる。
「…行くん、ですか…?あの子を助けに…」
「うん。あの子と、それにあの子も」
「…思いで、ですか…?」
その言葉に、純はゆっくりと、そしてはっきりと頷く。
「うん。私は助けたい…あの苦痛から、解放してあげたい…」
「…」
チョコは、言う。
「こんな包囲の中、万全じゃない体で、それでも?」
「うん…正しいとは言えなくて、良いと言えないかもしれないけど、それでも」
「それほど、思いは、強いものですか?」
「そうだね」
「…何かの答えを出すものでなくとも、あなたはそれで行動するん、ですね…?」
「…そう」
純は、全ての問いに答えた。
今にも[菓子団]のカラーヤ達が突入してくるかもしれない状況の中、しっかりと答えてくれる。
(…純)
彼女は、自分の意思を伝えてくれる。
「ねぇ、チョコ?」
窓の方へと一歩を踏み出し、純は問う。
「…はい」
それに、チョコは返す。
「私は行くけど…」
また一歩、彼女は踏み出す。
「思いであそこに、また行くけど…」
窓の前まで、チョコの横まで、純は来る。
「…チョコ。あなたは、どうする?」
それは、惑う彼へと送られる、意志を決める手助けとなる最後の言葉だ。
彼が向かう方向を決めるための、ヒント。
そして、きっかけだった。
「私は…」
チョコは純を見る。
真実を教え、自分がどうするかのヒントをくれた彼女を。
(私は…)
チョコの出す、答え。
何かを解決できるわけでもなく、悩みがなくなるわけでもないが、それでも何かをするための、動くための、一歩進むための答え。
停滞から脱却するためのもの。
それは…。
「私は…」
言葉となる。
「…純。私も、助けに行きます」
ある見方では正しいとはいえ、そのために苦しめられる子供たちを、解放する。
それが、今のチョコが思いによって出した、一つの答えだった。
「…チョコ。それで、いいの?」
「…はい。それが、今の私の答えです」
「…そう。だったら…」
一緒に行こう?
その言葉に、チョコは頷く。
同意の意思を示すかのように、彼は杖を取り、素早く身支度をする。
「…純、行けます」
「うん。それじゃぁ」
言って、純はチョコの手を取る。
「…行くよ!」
「はい…!」
そして、二人は走り出す。
大穴の開いた窓へ向かって、蹴破る勢いで、紙へと突っ込む。
「はぁ!」
声とともに、純が紙を破る。チョコの手を力強く引き、窓枠を踏み台に、前へ。
直後、二人は外へと躍り出る。
眼下に[菓子団]のカラーヤたちを見て、宙を舞う。
その中で、チョコは思う。
(…これが必ずいいとは思えない。仲間を裏切るのも辛いですし、悩みは…終わりません)
でも、と思考は続く。
(…今は、こうします)
そんな思いと共に、チョコは純と共に、カラーヤ達の包囲網を飛び越えた。
「…と、跳びすぎです!?」
万全でなくても、チョコの身長の十倍以上はある距離を跳躍した純に、戦慄しつつ。
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