[第四章:あなたは、どうする?]その4

何故、純に相談をしようと思ったのか。

 それは、チョコにははっきりと分からない。

 今まで最も信頼を置いていたルパイとは、顔を合わせづらく、相談も気が進まなかったのは、事実ではあるが。

(…一度裏切った…相手に、話すことも…ない、ですけどね…)

 それでも彼女に話したのは、心に溜まった淀みのようなものを、早く吐き出したかったからなのかもしれない。

 あるいは、

(…私が…純を…)

 確かに、チョコの、彼女への心象は良いものとなっている。

 彼女が善性を持つことを肌で感じている。

 そして、今最もチョコの心の中で距離が近いのも彼女だった。

 だからこそ、再開した時、頼りたいと思ったのかもしれない。

 そんなことをうっすらと思ったチョコは、純にぽつぽつと語り始める。

「私は…」

 何も知らなかったこと。

 正しさを失ったこと。

 どうすればいいか分からなくなったこと。

 どんな思いでこれから過ごしていけば、分からなくなったこと。

 心がぐちゃぐちゃなこと。

 それが、[色抽出機]の真実を知って、色神の犠牲を正しくないと思ったことが理由だと。

「私は…どうすれば…犠牲を出して生活するのは良くないと思います…けど…でも」

「…チョコ」

「…私は…」

 言っているうちに、全く整理の付かない感情が溢れ出して来る。

「…いろんなことが、正しくて、正しくなくて…私は…!」

 困惑、不安、理性と理性のぶつかり合い。

 それらを内包する心は、まるで荒波の海のようだった。

「……うぅ…」

 思わず、チョコは頭を抱えてしまう。

 惑う心は、彼を苦しめる。

 他者へと話したことで、心の荒れは収まるどころか、むしろひどくなる。

「…どちらも、正しくて、正しくなくて…」

 チョコは、もはや純が目の前にいることも忘れ、ただ苦しむ。

 頭を抱え、しゃがみ込み、目を瞑り、その心を断片的な言葉と吐き続ける。

 その姿は、あまりに小さい。

 あまりにも。

「…チョコ」

 それを、動けるようになった純は見ていた。

 …そして。

「私が…求められたからって…教えたからなんだよね…」

 純は呟く。

「……チョコは二つのことの間で、苦しんでる…」

 呟く。

「…過去の遺産、叶える存在、キャンバスが全ての原因の、どうしようもない現実を…」

 また、呟く。

「…私が…」

 そこから、純はほんの少しの間、目を閉じ、沈黙する。

 だが、彼女はすぐに、意を決したように目を開け、ベッドから立ち上がる。

「…チョコ」

「うぅ…」 

 今の彼には、純の言葉は聞こえていない。

(…どうすれば…どうすれば)

 それを、純は分かっている様子だった。

 故に、彼女は別の手段を取った。

 …それは。

「チョコ…ごめんね」

 温かい、抱擁だった。

「…!」

 急な温もりの発生に、チョコは驚き、意識を戻す。

(…あ、純…?)

「…なにを」

「…少し、落ち着いてくれた?」

 純は、抱擁を解かず、優しく言う。

 その声は、非常に柔らかく、聞くものを安心させるような力を持っている。

 チョコはそれによって、少し心が落ち着いていく。

「…純」

「…ごめんね。チョコ。私が教えちゃったから…」

「…」

 純の態度にチョコが戸惑い、沈黙する中、純は続ける。

「…だから、ね。私はチョコの心に寄り添うよ」

「……純」

 彼女は、ゆっくりと抱擁を解く。

「ごめんね、急に抱いたりして。…子どもたちは、いつもこうしたら…落ち着くから…その…」

 少し恥ずかしくなったのか、純は頬を赤らめる。

 だが、すぐに自分の手で両頬を軽く叩いて切り替える。

「とにかく…私は」

 そこで、まだ少し落ち着いただけだったチョコは言葉を放つ。

「なら…教えてください」

「…うん」

 急な言葉に、純は一瞬だけ戸惑ったが、すぐに優しい表情になり、チョコの言葉を待つ。

「…あなたは、どうして進むことができるのですか?自分のやっていることが、正しくて、正しくないと分かっているのに…どうして」

 言葉は続く。

「どうして…あなたは。子どもたちを助けるために、動き続けられるんですか…?」

 その問いに、純は数秒だけ考える。

 そして、重みのある雰囲気で、こう答えた。

「……思いが、あるの」

「思い…?」

 純は頷く。

「そう。私はあの子たちを助けたい。自分のやっていることが正しくない部分もあるってわかってる」

 でも、と純は言う。

「それでも。やりたい…助けたい…そういう思いがあるの」

「…思い…」

(私の、思い…)

 チョコは、[色抽出機]が色神を犠牲にしている事、それを自分が良いとしていないことを思い出す。

「私は…」

 思いはある。だが、それだけで全て割り切れるのか。あんな風に行動できるのか。

 そうチョコが思っていると、図ったわけではないだろうが、タイミングよく純が言ってくる。

「…別に、思いがあれば、全て割り切れるわけじゃない。迷いが晴れるわけじゃない。私だって…たまに、これでいいのかなって思うし…」

「……」

「…でも、それでもね。私は思いで動くの。子どもたちを助けたい、その思いで。いつも」

「…純」

 チョコは、彼女の顔を見る。

 そこには、言っていて複雑な気持ちを思い出したのか、どこか苦悩を感じさせる、ぎこちない笑みがあった。

(…別に純も…私とそうは変わらない)

 ただ、思いで一歩を踏み出している。

 それだけなのだ。

(…私も、思いで…何かを、できるんでしょうか…)

 思い浮かぶのは、[色抽出機]の中に囚われた少女。

 苦痛に顔を歪める、小さな存在。

 チョコはそれを、正しくないと、嫌だと、ダメだと、そう思う。

 彼女を解放したいという、思いがある。

(……私は)

 全てを知った自分は、どうするのか。

 そんな問いを自身へと投げかけ、沈黙するチョコ。

 そこへ、純が言葉をかける。

「…チョコ」

「…なんです、純?」

「…少しは、役に立ったかな?私の言葉……参考ぐらいのことしか言えなかったけど…」

 少し自信なさげに、純は言う。

 それにチョコは。

「…」

 小さく、頷いた。

(…私は)

 その心は何かを、微かにではあるが、掴んでいた。


▽―▽


 それは、チョコが純を治療し、そのままの流れで匿って数日が経った頃だった。

「やっぱり、間違いないわ。純・カラーブックは生きている」

 [菓子団]のホールで、一人の団員のカラーヤにもたらされたのは、そんな情報だった。

「…あるカラーヤが、こんなのを持ってたらしいのよ」

 そう言って、話を持って来た紫髪のカラーヤは、あるものを出す。

「これは…」

「ええ。[カラーディアン]が出した、溶かす性質を持った混合物よ」

 黒の混合物で何重にも[塗布処理]された容器にいれられ、それを半分ほど溶かした状態で収まっているのは、純の溶けた手袋だ。

 黄緑色が付着したそれは、大部分がなくなっているものの、残った三割ほどが描く形状から、純のものであることが分かる。付着物からも、元の所有者は明らかだ。

「これは、あるところの集合住宅の一階の庭に落ちていたらしいんだけど…」

「…間違いなく、純・カラーブックの持ち物だた」

「…しかし、それで生きていると?」

「…勿論、これだけじゃないわ。私、ちゃんと調べたのよ。あった周辺を、集合住宅そのものも含めて。…そしたらびっくりよ」

 紫髪のカラーヤは、目を細めて言う。

「…チョコの部屋から…純・カラーブックの声が聞こえてきたんだから」

「な…!」

 周囲の者たちは絶句する。

「それは…、チョコが、純・カラーブックを匿っていると!?」

「まさか…あいつは俺たちの思いをよくわかっているやつだぞ!?それでどうして、あんなクソ野郎を匿うってんだ!」

「…それはワタクシも思います」

「…でも残念だから事実なのよ。何度も、確認したから」

 夜、玄関入り口にこっそり耳を当てて、と紫髪のカラーヤは言う。

「…そして、声は日に日に元気になっていた」

「…あの畜生が、着実に、回復している」

 紫髪のカラーヤは頷く。

「ええ。…間違いなく。だからそのうち」

「…また、[色抽出機]を壊しに来る」

「なら…やることは一つぞい」

「そうでございます」

「ええ!ええ!ええ!」

 その場にいる全てのカラーヤは意気込む。

 純・カラーブックを、今度こそ排除しようと。

「…純・カラーブックの包囲、殲滅。やっていいわよね。ルパイ?」

 紫髪のカラーヤは、先ほどから背後に立っている彼へ、そう問う。

 それに返される答えは当然のように、

「ああ。やろう」 ルパイはそう言って後、その場の全ての団員を見、宣言する。

「やるぞ!今回こそ、純・カラーブックを殺す。カラーヤの生活を壊す最悪の存在を、排除しよう!」

『おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』

 ルパイの宣言に、全てのカラーヤが、同意の声を上げる。

 [カラーズハート]がもれなく療養中で、純を倒すための戦力も少なく、心もとなさがある。だが、それでも彼らの熱気は相当なものだ。

 それほどまでに、彼らの恨みは深い。

 強い感情に裏打ちされた熱気が、ホールを包んでいく。

 …そんな中にあって、ルパイは思う。

(これで…最後だ。純・カラーブック…これで、終わりだ)

 その心には、決着の意思があった。


 ▽―▽


「…純。随分な事態になったようだが」

 [カラーバーン]から密かに出てきた彼は、二人の[カラーズハート]と共に、静かに待つ。

「…求めるなら、駆けつけてやる。後でちゃんと、体もタッチングしてやる。だから…」

 彼は呟く。

「…早く、呼んでくれよ?」


▽―▽


(……)

 彼は、知った。

 思わず手を伸ばした彼女が、生きていることを。

 もしかたら、再び姿を現すかもしれないと。

(…うぅ)

 それを知ってしまったら、もう彼は求めずにはいられない。

 望まずにはいられない。

 彼女が、自分を捉える巨体を倒し、自分を助けてくれることを。

 こんな恐ろしい場所から。

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