[第四章:あなたは、どうする?]その2

「…」

 チョコは、街中を歩いていた。

 既に日は変わり、朝が来ている。[菓子団]のカラーヤたちによる喧騒も落ち着いてた。

「…」

 騒ぎ疲れたことでホールでの集まりはほとんど自動的に解散となっており、チョコもその流れに流されるように乗り、彼は一人、家へ向かって歩いていたのだ。

「…」

 ふと、彼は見る。

 露店で皿が売られているのを。

 彼は見る。

 金色に熱した砂の組み合わせの、照明を売っている店を。

 彼は見る。

 黒く塗布処理をやりなおされる建物を。

 彼は見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。

見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。見る。

「……」

 [無垢染水]によって、新しくつくることに成功した物たちを。

 [色抽出機]の存在のおかげで成り立つ全てを。

 それを目にするチョコは…。

「…これは全て…」

 色神…あのカラーヤのことを考えてしまう。

 視界に何かが入るたびに、彼女事が脳裏にちらつく。

 自分たちの全てが、彼女の永劫の苦痛と引き換えになっていることを、意識してしまう。

「…なにも。何もかもの幸せが…彼女やその他のカラーヤ達の苦しみを代価としている…」

 通りに溢れる、以前は素晴らしいものとしか思わなかった笑顔を見て、彼は呟く。

「…こんなの。こんなのは…」

 正しくない。

 そう、彼は言いたくなる。

 チョコは基本的には、誰かが苦しむことを良しとはしていない故に。

(ですが…なら、何が正しいんでしょうか)

 生活を守る事か、色神を解放することか。

 だが、考えてみればどちらにも悪側面がある。

 生活を守れば、犠牲は容認され、解放すれば、生活が壊れる。

 どちらにも、良いことと悪い事がある。

 どちらかのみが正しいなんてことはない。

 よりどころとする正しさなど、ない。

「…私は…」

 これからどうしていこう、どんな思いで生きて行こう。

 そんな問いが心の中に生まれるも、チョコは答えを出すことも、得ることもできなかった。

「……っ」

 彼は走り出す。

 町を見ていると、余計に心がかき乱されてしまうために、それから逃げるように。

「…どこにも絶対的な正しさはなくて…なら私は……!」

 ただ、彼は走り続けた。

 全てから目を背けるように目を瞑り、隠された犠牲の上に成り立つ、どこか歪な幸せ世界を、ただ。

 今までのように見れなくなった、塔の中を走り続けた。

 そして、気づけば、彼は自身の家までたどり着いていた。

「……どうすれば」

 自宅の扉の前で、チョコは呟く。

「…今分かっているのは、私が[色抽出機]を良いとは思えない…それだけ…」

(その思いしかないです…私は…)

 気持ちは沈む。

 酷い現実に、チョコは暗い表情でいるしかない。

「……休み、ましょう…ひどく…疲れました…」

 そう呟き、チョコはゆっくりと玄関の扉を開ける。

 久しぶりの帰宅。

 だが、それに嬉しさはない。

 気持ちが沈みきったまま、チョコは中へ入り、後ろで扉を閉める。

「…」

 そして、ゆっくりと部屋の奥を見た…そのときだった。

「え…」

 彼の眼は、ある者を捉えた。

 窓を割り、中へと侵入した、一人のカラーヤを。

「あなたは…!」

 瀕死の、少女を。


 

▽―▽


「……」

 計画成功の翌日、ルパイは手伝いの[カラーズハート]三人とともに、[色抽出機]のある[天塔]の最上層へと来ていた。

「…まさか、あれだけの包囲を突破し、ここまで来るとはな」

 呟き、ルパイは壁の方を見る。そこには、昨夜純を下した、彼女痛いしての最強、[カラーディアン]がいた。

 排除すべき対象がもういない今、[カラーディアン]に動く理由はない。

 故に、その巨体は静かにその場に膝をつき、止まっていた。

「…しかし、[カラーディアン]のおかげで、どうにか止まったか」

 怪我人は多い。

 だが、目的は達成された。純・カラーブックと言う脅威は排除されたのだ。

 その事実にルパイは喜びを得る。だが同時に、

「……」

 純の排除によって自分がやっていることの実体を改めて認識し、後ろめたさや、申し訳なさを感じてしまう。

「…色神。[染逆鉾]を望んだカラーヤ次の、純・カラーブックの思いがキャンバスによって実現した、カラーヤを超越したともいえる特別なカラーヤ」

 そう言い、ルパイは自分の腕の中を見下ろす。

 そこには、昨晩まで[色抽出機]の中に入れていた少女が、気絶した状態でいる。

「…あるときから、両親もなく生まれ始めた、幼い者たち…」

 色神。色付きの液体である[染水]を無限につくれることから色の神と名付けられた彼女らは、その誰もが親を持たず、また知識もなく、精神も幼かった。

 故に、彼女らは右も左も分からず、他者の影響を受けやすく、利用するのには、さほどの手間はかからなかった。

「…そうして俺は、各地で見つけた色神を[色抽出機]の中核として利用した…」

 そして、それは多くのカラーヤに恩恵をもたらした。

 戦後で荒れている島も多い中、その復興を速めるのにも、[無垢染水]の供給は役立った。

 故に、その点に関しては[色抽出機]は良いものであり、つくってよかったと思えるものだった。

 だが。

「…どんな理由付けをしていても…俺がやっていることは」

 色神に、苦痛を強い、搾取を続けていることだと、彼は言う。

「どれだけ高尚な理由を付けようと、やっていることの実体が変わることはない…意味は変わらない…」

 色神を犠牲にしているという現実は、どうあがいても変わることはない。

 だからこそ、ルパイは。

「…これが必ずしもいいことだとは、思えないな」

 そう言いつつも、彼は[色抽出機]を[カラーズハート]の助けで修理していく。

 再び、色神の少女に苦痛を強いて、[無垢染水]を造るためのことをしていく。

「…いいとは思えない。…だが。それでも。カラーヤの生活維持のためには…やるしかない。[染逆鉾]がない今、他にどうすることもできない…」

 [無垢染水]がなければ、ただ生きること自体はできるが、代わりにほとんど何もできはしない。

 ただそこにいるだけしかなくなってしまう。

 そんなことは、耐えられるはずがなかった。

「…それを防ぐためには…俺は」

 自分がこれまで行い、そしてこれからもしていくことの意味を理解している彼は、苦しむ。だが、それでも作業を続けていく。

 カラーヤの生活維持のために、やめるわけにはいかないのだ。

「…そして、この真実は、俺だけが知っていればいい」

 それを知ることで、傷つく者がいるかもしれないから。

「…だができればいつか、これをしなくていい日々が、くればいいけどな…」

 それこそ、[染逆鉾]の復活などが成れば。

 ルパイはそんなことを思いつつ、色神の少女をコアの中に入れて繋ぎ、[色抽出機]の修復を完了した。

「…思いに応え、叶えた今、キャンバスで[染逆鉾]を再構築するのは無理だ。…しばらくは…こう、だろうな…」

 そう呟き、コアの中の少女に視線を一瞬だけ送り、ルパイはその場を後にする。

「すまないとは…思っている…」

 申し訳なさそうな、言葉と共に。

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