[第四章:あなたは、どうする?]その1

「…おめでとう!みんな、純・カラーブックは…もういないわよー!」

 夜も更ける頃、歓声が上がっていた。

 場所は、チョコたちの[天塔]の一角、外壁側にある[菓子団]の本部ホールだった。

 そこで、集まったカラーヤ達が祝いの騒ぎをしていたのである。

「よかったぁ、これでもう誰の生活も壊されない…」

「これ以上悲しむことも苦しむカラーヤもいないねえ」

「上手くいって良かったぞい」

「最高ね!」

『計画成功して!』

 同時に言い、ハイタッチするカラーヤ達。

 それをするのは[菓子団]の全員ではなく、一部の者たちだけだ。

 他は計画のための純との戦闘に巻き込まれたり、排除されたりして病院施設へと連れていかれている。

 そのため、残った半分程度の者たちだけで、計画成功を祝っているのである。

 とはいっても、その盛り上がりは十分で、むしろいないものがいることによって計画成功の重みが変わり、盛り上がりに拍車をかけている。

 そのせいか、純を排除したその日のうちに、[菓子団]のカラーヤ達はここへと集まっていたのだ。

「……これで長らくの悩みの種もなくなったでごわす」

「そう、これで全てが解決」

「まるーくおさまったでありますっよ!」

「…全く、何が今はダメなんだか。ダメなのはてめぇだっつの」

「で・も!そんなアホなこといってたカラーブックは、もういなーい!」

「いなーい!」

『いなーい!』

 口々に言うカラーヤ達のテンションは、深夜だというのに果てしなく上がっている。

 その喧騒はホールの外にまで響き、寝ている一般のカラーヤ達は迷惑がっている。

 しかし、事前に何かしらを行うことと、それが成功した場合に騒がしくなることは伝えられていたため、彼らはそこまで文句を言わず、再び眠りにつく。

 明かりもなく、暗い夜の[天塔]内に、カラーヤの喜びの声が響く。

 そんな中で、チョコは一人、ホールから繋がるテラスに立っていた。

「……」

 背後では騒がしいと言う他ない仲間たちの声が響いてくる。

 だが、チョコはそれに混ざる気にはなれなかった。

 ここまで担ぎ込まれて来るまではしてしまったものの、そこまでで、すぐにここへと来てしまったのである。

「……計画は、成功しました」

 チョコは呟く。外へと半分出たテラスから、夜の光を放つ空を見上げながら。

「…成功しました…けど」

(……良くないです)

 純のところに行ったばかりの彼であったならば、今のこの状況をただ喜んでいたただろう。

 純を罠にかける直前の彼であったならば、粋たちに対する後ろめたさなどはあっても、正しさを支えに、どうにか良しとできた。

 …だが、今の彼にはそのどちらも無理だった。

「私は…知ってしまった…」

 [色抽出機]に隠された、真実を。

 そのことが、彼の精神をひどくかき乱す。

「…うぅ」

 生活を支える素晴しいはずだったものの裏に隠れた、残酷な犠牲。

 思いもしなかったそれは、彼がよりどころとしていた正しさを打ち壊してしまった。

(…生活を守ることが…犠牲を容認することだったなんて)

 チョコの頭に、数時間前見た小さなカラーヤの顔が浮かぶ。

 苦痛で歪められた顔。

 恐怖で染まった顔。

「………」

 そして、それらが[色抽出機]のコアの中、封じ込められ、閉じ込められ、誰にも知られなかったことを、チョコは意識する。

「…知らなかった。あんなこと…」

 あれだけ素晴らしいと信じ切っていたものが、非道極まりないものだった。

 その事実に、チョコはどうしようもなくなってしまう。

「……純は、ある意味では正しかったんですね」

 確かに、彼女はカラーヤ達の生活を壊していた。だがそれは、犠牲となる色神たちを救う、正しい事でもあった。

「……私は…どうすれば…」

 チョコは問う。

 今の彼には、[色抽出機]を守り、カラーヤの生活を維持することが正しい事とは思えない。一般のカラーヤの視点では正しいといえるかもしれないが、色神からしてみれば正しいとは言えない。そういった悪側面が存在しているというだけで、チョコが正しさを喪失するには十分だった。

 そして、正しさを基礎として動く彼にとってそれは、行動の指針の消失とほぼ同義であった。 

「…私は…」

 チョコは本当になにをすることもできず、ただそこにいるしかなかった。


▽―▽


 彼女は、夢を見ていた。

 自分のかつてを、再び見ることになる。

「…水(すい)…」

 それは、[染戦]という戦争の最終盤、崩れ行く最後の[染逆鉾]と、それを巡る争いの果てでのことだった。

「…水ぃ…」

 そう何度も呼び続ける手の中には、一人のカラーヤの姿がある。

 髪色は、どことなく銀の輝きを持った薄紫。

 胸元が大きく裂かれた、薄手のワンピースに包まれる色白の体は小さく、弱弱しい。

 …いや、既に力など、その幼い体には宿っていなかった。

 その命はとっくに、尽きていたのだ。

 それを証明するかのように、切り裂かれた胸元からは、髪と同色の液体…[染水]が、周囲に水たまりを複数作るほど大量に流れ出していた。

「水ぃ…」

 カラーヤは体内の[染水]を消費して生きる。勿論、外傷によってそれが外に流れ出し、体内からなくなれば、必然的な死が訪れる。

 これは、カラーヤと言う生物にとって、抗えない絶対的なことであった。

「…うぅ…水ぃ」

 そんな現実を前に、一人の少女は泣いていた。

 銀髪に、黒い修道服姿の彼女は、目から涙(消費された[染水]の水分のみ)を流しながら、ただそこにい続けた。

 腕の中の、自分をかばって死んだ、娘の亡骸を抱いて。

 周囲には数少ないカラーヤ達の戦いの音が響いてくる。

 少女たちは、自分たちのいる、[染逆鉾]の直下である巨大な島でのそれに、先刻巻き込まれたのだ。

 そして少女は、かけがえのないものを失ってしまった。

「…おい、逃げるぞ![カラーズハート]は無差別に攻撃してきやがるし…それに[染逆鉾]も落ちてくる…!このままじゃお前まで!」

「…うぅ…」

 物陰から現れたモヒカンの男が、少女の肩をゆする。

 だが、彼女は聞かない。

 抱く娘の亡骸から離れようとはしない。

「…水は…死んだんだ…。もうどうしようもない…だから…」

 言って、男は少女を強引に立ち上がらせようとする。

「…水ぃ…」

「…おい、頼む…言うこと聞いてくれよ…!水だけじゃなく…お前まで…失いたく、ないんだ…!」

 そう言う男の目尻にも、涙があった。

 時節、惹かれるようにその視線は少女の腕の中の幼子へと注がれる。

 彼もまた、水という幼いカラーヤの、娘の喪失が悲しいのだ。

 そしてそれゆえに、もうこれ以上失いたくないと、悲しくなりたくないと、少女を動かす。

 だが、彼女は動くことはなかった。

「……くそぉぉぉぉぉぉぉ!」

 そう、男が叫ぶ中、[染逆鉾]が落ちてくる。周囲には剣戟と打撃の鈍い音。

 そんな状況の中、ただ泣くしかなかった少女は、涙を浮かべたまま、空を見上げる。

 全ての元凶となった物体を、見る。

「…私に…」

 少女は呟く。

「…力があれば」

「おい……!」

 崩れ行く[染逆鉾]が迫る。

「子ども(すい)が…[染水]を失っても生きられたら」

 [染逆鉾]は形を変える。

 捻じった紙が、元に戻るかのように、広がっていく。

「おい…!」

「…そうだったら…水は…」

 そう、少女が呟いた時。最後の[染逆鉾]は、島へと落ちた。

 

 

そして。その思いは、キャンバスに描かれ…実現した。

(……それが、始まりだった)

 


ややぼやけた意識の中、彼女は歩いていく。

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