[第三章:隠されたこと]その6

「純…!」

「…っ!」

 空中からの急な一撃を、彼女は避けられなかった。

 腕の中にカラーヤがいたのもある。 

 だが、それ以上に純は、長すぎる階段を上がった事や、包囲の突破などで確実に疲労していた。

 加えて、相手は上から、不意打ちに近い状態で一方的な攻撃を加えてきたのだ。

 これらの要素が合わさり、純は最中に鋭い一撃を受けてしまったのだ。

「…ぁ」

 勢い良く、純の背に放たれた一撃は、彼女の長髪の一部を刈り取り、その下に隠されていた修道服の背部を勢いよく裂く。

 当然、そのさらに下の素肌も無事ではない。

 体を大きく抉るほどではなかったが、その身を構成する土は幾らか抉られ、決して軽くはないダメージが入る。

 純はそれと、速度のついた一撃によってバランスを崩し、少女を手放して横に倒れてしまう。

「きゃ……あ…ぅ…」

 投げ出された少女は[色抽出機]の下部に体をぶつけ、それによって気絶してしまう。

「…ぅ…あ」 

 純はそのことに気づき、少女の下へと近づこうとする。

 だが、ダメージから立ち直れきれていない彼女のことを、現れたものが掴み上げた。

「う…!?」

「純…!」

 チョコは、眼前の存在を見上げる。

「……」

 床を踏みしめ立つのは、純の三倍の身長はある巨体。

 一見してみれば、チョコたちと近い形をしているように見えるが、ところどころが違う。

 まず、全体的にシルエットが角ばっており、髪はない。足は膝が両足にそれぞれ二つある、逆関節の形状だ。

 突き出した膝には鋭く黒光りする棘がついており、同じものが肘、踵にあり、肩には三つ固まっているのが確認できる。

 三本指に鋭いかぎ爪が付いた腕は太く、腹部は細く、繋がる胴体は小さい。背中には翼を簡略化したような、鋭角三角形の物体が一対ついている。

 髪のない頭部は前に向かってやや鋭角で口はなく、上半分が肥大化したように盛り上がっており、何かを覆っているように見えた。

 そして、後頭部からは髪の代わりに三角に近いパーツを大量に繋げてできる尻尾が確認できる。

 そんな、まるで兵器のような巨体の全身は、上部が白い頭部を除き、黄緑色の塗布処理(コーティング)がなされていた。

「…殺ァァァァ」

 若干くぐもった声で巨体が唸る。

 しかし、どうやらそれは、何かしらの感情によるものではないらしい。ある種の鳴き声かのように、巨体は声を上げている。

「これは…一体…」

 チョコは呟く。

 目の前の巨体は一体何なのか。

 真実を知ったことでの動揺から未だ抜け出せない彼は、心が反応するままに、誰に言うでもなく問う。

「[カラーディアン]!間に合ったのね!」

 そう言ったのは、階段を上ってきた三名のカラーヤの内一人である。

 下層で純の包囲をしたときに、彼女へ叫んだ者のようで、純による包囲突破後、どうやら頑張ってここまで登ってきたらしい。

 [カラーズハート]がいないあたり、全員倒されてしまったのかもしれない。

「…[カラーディアン]がちゃんと動くなら、純・カラーブックなんて目じゃないわ!」

 そう言ったカラーヤ達は、地面に伏せるチョコに気づく。

「チョコ!あの最低野郎にやられたの!?」

 紫髪の、ワンピースとマフラーの一人が、チョコへと駆け寄る。

「…え、ええ…」

 彼はほぼ条件反射のように答える。

「そう。…純・カラーブック。動けなくなるぐらい痛めつけるなんて…最低なやつよ!」

「…」

「…でも、もうあの畜生の命運は尽きたわ。[カラーディアン]がいるんだもの」

「…[カラーディアン]?」

 紫のカラーヤは頷き、答える。

「ええ。あれはルパイ様があの畜生を確実に殺すためにつくった、最強の疑似カラーヤ兵器よ。私たちカラーヤの生活を守ってくれる守護者(ガーディアン)だから、[カラーディアン]というわ」

「変な蛍光色はしているんだが」

「その力は絶対に純・カラーブックを殺す」

「ああ、嬉しいぞい!」

 三人のカラーヤは次々に言い、巨体…[カラーディアン]の方を見る。

 そこでは純を握り潰そうと、[カラーディアン]が彼女を掴む右手に力を込めていた。

「やっちゃえ!」

「潰せー!粉砕だー!」

「報いを受けさせるんだぞい!」

 口々にいい、カラーヤ達は[カラーディアン]を応援する。

『あんな最低野郎、殺してしまぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!』

「…っ」

 恨みの籠ったその言葉に、チョコは何かを言おうとする。

 だが、惑う心は何の言葉も出させはしない。

 どうしようもなく、彼は目の前の光景を見ているしかない。

 …と。

「…こ、このぉ…!」

『げぇ!?』

 [カラーディアン]に掴まれていた純が、自身の動きを封じていたかぎ爪二つを掴んでへし折る。

 それによって拘束が緩んだところで、純は[カラーディアン]の手から離脱。宙を舞って[色抽出機]の前に、やや危うい動作で着地する。

「…あ。あの畜生、また[色抽出機]を…!」

「おんのれぇぇぇぇぇ!」

 カラーヤ達は、コアの立体が壊れた[色抽出機]を見ても、怒りこそすれ、特に動揺はしない。

 その下の少女に気づいても、チョコのように直接彼女が中に入っているのを見ていないため、彼女が装置に組み込まれ、苦しめられている発想などないからである。

 故に、真実を知らないカラーヤ達は、ただ純を罵倒する。

「殺ァァァァァァァァ!」

 [カラーディアン]が吠える。

 疑似カラーヤであるその身は、純を殺すという、目的のため、[菓子団]のカラーヤ達に言われずとも、動く。

「……っ」

 純は足元の少女をちらりと見た後、[カラーディアン]と対峙。次の瞬間、一気に走り出す。

「…殺ァァァァ!」

 [カラーディアン]も動く。後頭部から生えた尻尾を、勢いよく振る。

「…!」

 早い。

 [天塔]を一気に駆け抜け得る純の全力疾走に匹敵する超高速で、尻尾は空を裂き、彼女へと迫ってくる。

「…っ!」

 鋭い尖端、および側面による薙ぎ払いが来た。

 純はそれを、軌道の変更ができないギリギリの位置で回避する。

 だが、それは完全には成功せず、彼女の右足が僅かに裂け、内部の[染水]がはじけるように飛び散る。

「…くぅ…」

 疲労と傷が影響しているのだ。

 彼女の意志に、体が応えきれていない。

 反応が、遅れている。

「…でも!」

 そんな状態でも、彼女は動く。

 ここで[カラーディアン]を打倒しなければ、少女を助けることはまずできないからだ。

 だからこそ、着地後、走る。

 彼女は飛び道具もリーチの長い武器も武器も持たない。

 接近しなければ、まず始まらないのだ。

「…殺ァァァァ!!」

 吠え、[カラーディアン]が再度尻尾を振ろうとする。

 しかし、やや大振りであったために、懐へ入ろうとしてくる純の体を捉えるには、少し遅い。

「…倒すよ!」

 それを横目で察知した純は、素早く勝負を決めようと、走る速度を上げる。

 対する[カラーディアン]も、尻尾が届かないからと言って、ただ待つだけではない。

 腰をかかがめ、左肩を前にし、純の方へ踏み込む。

 肩の棘で串刺しにするつもりだ。

 そして、その威力を上げるために[カラーディアン]はいましがたの踏み込みのみで、一気に加速する。

「ァァァァ!」

「っ…!」

 高速の二つがぶつかる。

 …否、それは起こらない。

「跳んだわよ!?」

 ほぼ直角の動作で、純が[カラーディアン]の眼前と躍り出る。

 疲労と傷が多い中、やはり無理を体に敷いているのか、彼女の表情はやや苦し気だ。

 それでも止まることはなく、純は拳を思い切り突き出した。

「ァァァァ!!」

 直撃。[カラーディアン]の肥大化したような頭部に、純の強烈な一撃が正面から叩き込まれる。

 彼女はその反動を利用して離脱し、[カラーディアン]から距離があるところに転がるように落下する。

「…くぅっ!」

 思わず上がる純の声は、辛そうだ。

 確実に、疲労とダメージは蓄積し、徐々に限界が迫っている。

 それは、周囲の目にもわかりやすく、

「やっちゃえ![カラーディアン]!」

「たかが頭の一撃程度でやられてる場合じゃないぞい!」

「ァァァァァ」

 カラーヤたちの言葉に応えるように、[カラーディアン]は動く。

 激しく罅割れた白い頭部を振り、純を見つめる。

 彼女の一撃によるダメージは確かなようだが、まだまだ余裕がありそうである。

「…ぅぅ」

 どうにか純は起き上がる。

 まだ、闘志は尽きていない。

 背後に少女を置き、純の意志は、体はまだ動く。

「…今よ![カラーディアン]!あなたの特殊能力を見せてあげなさい!」

「!?…っ!」

 何かある。紫のカラーヤの言葉からそれを察知したらしい純は最高速で[カラーディアン]の足元へと接近。

『げ!』

「…はぁぁぁぁぁぁ!!」

 カラーヤ達が声を上げる中、純は思い切り[カラーディアン]の左足を殴りつける。

 それによって、巨体はバランスを崩すことになるはずだった。

 …だが。

「残念でしたぁ!下には黒が塗布処理されてるのよ!」

「そしてぇ!」

「一番上の塗布処理の黄緑は…マイナーな、溶かしの性質だ」

「!?」

 純は見る。

 彼女が叩き込んだ、右の拳。巨大な手袋が覆っているはずの手は今、ほとんど剥き出しになっていた。正面の手袋が、溶けているのである。

「…っ!」

 素手が黄緑に接触しているのを見た純は、慌てて跳躍する。

 その際に腕を振って剥離した黄緑の混合物を、純は落とす。

 …その瞬間だった。

「あ」

 [カラーディアン]の尻尾、その上段からの振り下ろしが彼女を襲った。

「…ぁぁ!」

 純は受け身も取れず、床へと勢いよく叩きつけられる。

「よし!」

「行くんだぞい!」

 直後、[カラーディアン]が尻尾を両手で構える。と同時に、その先端から黄緑の混合物が次々と発射され、純へと迫る。

 彼女は苦し気な表情のなか、それらを全て、転がって回避することに成功するも、代わりに混合物は円に近い形で床に付着して、純を包囲。

 そして二秒もしないうちに一気に床を溶かし始める。

 表面の黒の塗布処理部分が消え、下地の木材も一気に溶けていく。

「…まず…」

 そう純が呟く中、[カラーディアン]は次々と混合物を発射。その度に割れそうな頭部が淡い黄緑の光が発せられる中、溶けだした床はさらに高速で溶け落ちていく。

 十秒もしないうちに床は足場としての役割を失い、純を乗せたまま下へ滑落し始める。

「あ…」

 純は、離れたところで気絶する少女へと手を伸ばそうとする。

 だが、当然のように手が届く様子はなく、震える手は虚しく空を切った。

「…そんな」

 もはや起き上がることもできず、悲し気に呟く彼女の頭上、[カラーディアン]が動く。

 小さな胴体から生える物体を勢いよく上から下に動かし、飛んだのだ。

 そして、宙へと舞い上がった巨体は純の真上に来ると、その右足を前に突き出し、下へと一気に動き出す。

 とどめを刺す気なのだ。

 それを理解したカラーヤ達は、

「やっちゃなさい!」

「いっけぇぇぇ!」

「決めるんだぞい!」

「[カラーディアン]!」

 守護者へと送られる声援の中、巨体はそれに答えるかのように、滑落する床にいる純を、思い切り踏む。

 直後、勢いよく押され、周囲の木材も溶け切った床は、そのはるか下にあった空間全てを溶かし、落ちる。

 蹴りと共に、勢いよく下へ向かっていき、包囲に使われた空間も超え、そのさらに下にある、都市部にすら床は踏み押され…。

「……」

 激しく傷ついた純とともに、床の残骸は、高い宙を落ちていく。

「…ッ」

 その際、純は見る。

 [カラーディアン]の額、彼女が先刻一撃を入れた場所が、今しがたの衝撃で限界を向け、割れ砕けるのを。

 そして、その下に黄緑髪の子どものカラーヤが、苦し気な表情で閉じ込められていて、

「…!」

 外の純に気付き、助けてというように手を伸ばすのを。

「…ぅ」

 だが、今の消耗しきった彼女には何もできず、ただ下へと落ちていくしかなかった。

「殺ァァァァァァァァ!!」

 床がはるか下への、チョコの家のすぐ近くの、広い公園に落ちる。暗闇の中、何が跳ねる小さな音をかき消すほどの轟音を上がり、それを聞いた[カラーディアン]は吠える。

 そして翼を動かし、元の場所へと一気に飛んでいく。

「…帰って来たわよ!」

「よっしゃぁ!」

「ついにやったぞい!」

 まもなく戻ってきた[カラーディアン]を見て、三人のカラーヤは歓声を上げる。

「ァァァァ…」

 静かに声を上げ、穴の前に立つ[カラーディアン]の前で、カラーヤ達は飛び跳ねる。

「やった、やったわよ!ついに、純・カラーブックを、殺したわ!」

「ついに…報いを…!」

「もうこれで、誰も傷つかないぞい!」

 満足そうに、嬉しそうに、口々にそう言うカラーヤ達。

 その中、紫の一人がチョコにも声をかける。

「やったわね!一時はどうなる事かと思ったけど、上手くいったわね!」

「…」

「…?どうしたの?」

 紫のカラーヤの言葉に、チョコは言葉を返さない。

 ただ、純が消えていった穴を見つめている。

「…あぁ、嬉しさのあまり固まっているのね。やっと純・カラーブックを殺せたんですもの。そうなるのも当然ね」

「……」

「うふふ。ほんと、良かったわね。あの畜生を殺せて。これでみんな、平和に暮らせるわ」

「…」

「さぁ、さっそくルパイやみんなに報告だ!」

「[色抽出機]の修理をルパイに頼むのもやるんだぞい。コアはあるようだし」

『おー!』

 息の合った様子でカラーヤ達は言う。

 そんな中、チョコは。

(…私は…私は)

 ずっと虚空を見つめ、真実を明かした純の消えた場所から目を離すことはなく、離せず、心の中で呟く。

(どうすれば…)

 彼の心は今、どうしようもなくぐちゃぐちゃで、何をすることも、指標とすることもできなかった。

「チョコ!報告行くわよ!」

「計画は成功したんだ!」

「早くみんなに伝えるんだぞい!」

 そんなチョコの心など露知らず、カラーヤ達は言い、動かない彼を担いで連れていく。



 …こうして、純・カラーブック暗殺計画は、多少の想定外こそあったものの、成功という結果を以て、終了したのであった。

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