[第三章:隠されたこと]その5

(こんなことって…!)

 チョコが驚愕によって目を見開く中、[色抽出機]のコアは外装の一部を破損させられようとも、いつものように動く。

 コアの中に囚われた、ピンク髪の少女カラーヤから[染水]を抽出するため、僅かに震える。

 残った外装の光量が、鼓動するように変化する。

 それと同時に、カラーヤに綱が得たチューブが淡いピンクの光を放った。内部に、何かが流れ出した証拠だ。

 そして、それによって起こったことが一つある。

「…!」

 繋がれたカラーヤの表情が、苦悶に歪んだのである。

「…ぁ…ぁ…ぁ…ぁ!」

 その直後、声が上がる。

 非常に苦しそうな、痛々しい声だ。

「…ぁぁ…ぁあぁぁあぁぁぁぁぁあああぁぁ………!」

 防音の外装によって今まで外に届かなかった、苦痛の叫びが、空間一杯に響き渡る。

 音程の安定することのない、痛く、痛く、痛い声が、チョコの耳を打つ。

 苦しい、嫌だ、逃げたい、助けて。そんな言葉が今にも吐き出されそうな歪んだ表情が、彼の視界の全てを埋め尽くす。

「…なん、なん…ですか…なん」

 未だ驚愕し、震えるチョコの前方で、再び悲痛な叫びが響いた。

「どうして…[色抽出機]の中に、カラーヤが…」

 誰に向けられるでもないチョコの問い。

 それに答えたのは純だった。

「…それはね、チョコ。これは…カラーヤから…色神(しきのかみ)からとった[染水]を脱色して、[無垢染水]をつくる。そんなものだからよ」

「…」

「どうして、この装置が[色抽出機]なんて名前してるのか、分かるよね?」

 [無垢染水]を造る素材として、コアに繋いだカラーヤから[染水]を抽出する。

 そんな必須工程を持つ装置だからこその、この名前だ。

「……これが、こんなものが…」

 ある程度ダメージが消え、体が動かせるようになっているにも関わらず、チョコは動くことはない。

 ただ前方の装置…最高のものと、何も知らないときは思っていたものを見つめる。

「…全ての[色抽出機]はコアの中に色神(しきのかみ)を入れて、初めて成り立つ。そして、[無垢染水]を造り続ける。カラーヤの生活のために…色神(しきのかみ)を…子どもを犠牲にしてね」

「…そんな」

 チョコは、足元が崩れるような感覚を覚える。

 今まで信じていたものが消え失せ、基準とするものがなくなり、まるで暗闇の中に一人残されたような、そんな気がしてしまう。

 誰かの生活を維持する、素晴らしいと信じていたものが、誰かの犠牲と苦痛を容認し、強いるものだと知ってしまって。

「…どうして、こんなものを…ルパイは…」

 ほとんど独白に近い言葉に、純は律儀に答えてくる。

「…それは色神(しきのかみ)が…他のカラーヤとは違うからだよ」

「…違、う…?」

 純は頷く。

「特別なカラーヤ、色神(しきのかみ)は他のカラーヤみたいに、[染水]がなくなって死んだりしない」

「…?」

「…だって、アカミやぽいやふにゃりーも…みんな。体内で無限に[染水]をつくれるんだから」

「!?」

 その事実に、チョコは再度驚愕する。

 カラーヤは、そんなことなどできはしない。

 本来、あり得ないことなのだ。

「…そんなの、あり得るはずが…」

「…あり得ちゃったんだよ。だから、こうして利用された」

 純は[色抽出機]に触れてそう言う。

「…そして、[染逆鉾]がない今、[無垢染水]がない今、この子たちは使われ続ける。ずっとこの中で」

 手を伸ばし、純は[色抽出機]の外装をさらに破壊する。

「…何も知らず、できず、ただ苦しいだけで。…だから」

 純は、言う。自身がこれまでやってきたことの、実体を。

「私は助けてきたんだよ。アカミやぽいやふにゃりーを。他の、今も後遺症で眠ってる子どもたちも、みんな。…そして」

 純の手が、[色抽出機]のコアの外装、その前側を完全に破壊する。

「これからも助けていく」

 その言葉を証明するかのように、純はコアの中に繋がれたカラーヤの少女を抱きしめ、一気に引き上げる。

 その身に繋がったチューブが純の力で外れ、壊れた正八面体の中に落ちる。

 同時に、チューブ内に流れたピンク[染水]が、強引に少女からとられたものが、床へと跳ねる。

「…ぁ…ぁ?」

 少し遅れて、[色抽出機]から助け出された少女は、それまで閉じていた目を開ける。

 そして、目の前の純を見た瞬間、

「いやぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁ!!」

 恐怖に満ちた目で純から目線を離し、首を何度も左右に振りながら抵抗する。

「やめて!やめて!やめて!これ以上痛いことしないで…!しないでぇ…!」

 おそらく、少女がこんなことになる前に、[色抽出機]に彼女を入れたカラーヤがいたのだろう。

 そのことを思い出してか、少女は錯乱状態で純の手から必死に逃れようとする。

 彼女は、そんな様子を見て。

「…ごめんね。私が…望んだじゃったから。なくした子どものことを思って、キャンバスに願ってしまったから…」

 そう言った次の瞬間、純は怖がる少女を優しく包み込む。

 まるで母親のように、全身を使って、柔らかく、その身を抱く。

「…怖くない…もう大丈夫だから」

 純はそう言って、少女の頭を優しくなでる。

 それを抵抗される中、押さえつけもせずにしているうち、少女の抵抗は止む。

 純の腕の力が強く、逃げられないからではない。彼女に一切の害意がない事、むしろ優しさに溢れていることに気づいたからだ。

「…もう、苦しむことはないよ。安心して」

「…ほんとに?」

 不安げに言う少女に、純はゆっくりと頷き、笑う。

「…本当に、もう大丈夫だよ」

「…うん」 

 それで、少女は完全に安心しきった様子で、ただ抱かれる身を任せた。

「……」

 その様子を、チョコは見続けていた。何もできず、言うことすらもできず。

(…どうしてあそこの子どもたちが純を好いていたのか…完全に分かりましたよ…)

 純の人格もあるだろう。だが、何よりも重要なのは自分たちを[色抽出機]の中から、永久に続きかねない苦痛から、助け出してくれたことだったのだ。

「…純」

 チョコは、ゆっくりと起き上がる。

 何をするでもない。そもそも、何をするのがいいのかもわからない。

 自分が正しいとし続けたものの裏には、とても正しいこととは言えない真実が隠れていた。

 そのことに、彼はどうしようもなくなっていた。

 だからこそ、純に何かを聞こうとしたのかもしれない。

「…私は」

 …そのときだった。

「…!」

 純が何かを察知し、頭上を見上げる。

 次の瞬間。

「殺ァァァァァァァァァァァァ!」

 巨大な何かが、上から降ってきた。

 黄緑色の表面と、膝と肩の鋭く長い棘を、チョコたちに見せつけながら。

 そして。…その頭から伸びた何かが、純の背を割いた。 

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