[第三章:隠されたこと]その4
「純…」
チョコは純を見て呟く。
再び会った純の体は痛々しく、とても無事なようには見えない。
しかし、そんな状態でも彼女は、長い階段を上り続け、[天塔]の頂である、この場所へとやってきていた。
「…チョコ。ここで会うなんてね…」
純は残念そうに言う。
その様子に少し気が引けつつ、チョコは答える。
「…ええ、私も思いませんでしたよ」
言って、二人は少しの間、無言で対峙する。
やや重い雰囲気が横たわる。
「…チョコ」
「…なんですか?」
沈黙ののちに、やや明るめに発せられた純の言葉に、チョコは反応する。
「…ここにいるのは…やっぱりそういうこと、なんだよね?」
包囲を抜けた先に、[カラーバーン]で待つと言ったチョコがここにいる。
その事実から、純は真実をある程度察したらしい。
チョコはそれを純の発言から解し、答える。
「…ええ。私はあなたの味方ではなく…敵で、裏切り者ですね」
「そうなんだ…」
そう言う純は、怒る様子は見せない。
自身を騙し続けた相手を糾弾することも、多少の文句すらも言わない。
ただ、少し悲しげに、そして仕方なさそうに目を伏せる。
「…徒花がチョコに気をつけるよう言ったけど…こういうことなんだね…」
「…!?」
純の言葉に、チョコの背筋が冷える。
(…ま、まさか全てではないにしろ、バレていたと!?)
それならば、純が包囲を切り抜けられたことも納得できるかもしれない。
もとより何かあると考えていたのなら、対策も打っていたはずだ。だからこそ、彼女はここにこれたのだと、チョコは考える。
(……まぁ、純の身体能力なら、対策なしでももしかしたらその場のアドリブで切り抜けた可能性はありますけど)
なんにしろ、状況は今に至っている。
そして、相手は守るべき物の目の前に立っているのだ。
過去の失敗のことを考えている暇はない。
「…純。あなたはここで何をしますか?」
チョコはあえて分かり切った質問をする。
「…チョコ。私は、その[色抽出機]を壊しに来たよ」
純は装置を指さし、律儀にチョコの問いに答える。
その表情は、先ほどとあまり変わらない。
「…そうですか。ならば純。私はあなたに言いたいことがあります」
「言いたいこと?」
「ええ」
頷き、チョコは続ける。
「…純。言っても無駄かもしれませんけど、それでも言います。…やめて、くれませんかね?」
「やめる?」
「そう、[色抽出機]の破壊を…やめてください!」
「…チョコ」
純は彼の目を見る。
「チョコが私たちのところにいたのは…そのため、なんだね?やっぱり」
「…その通りです。私は…その他の[菓子団]の全員は、あなたをとめようとして、全てを始めたんです」
厳密には、懲らしめて排除するか、懲りさせて止める。
最初はチョコもそのように考えていたが、今の彼には純に対し、懲らしめるなどと言った言葉を使うことはできない。
純が絶対悪などではないことは分かっているために。
だからこそ彼は、止めるという言い方をする。
「…純。あなたが[色抽出機]を破壊することで、どんなことになるか分かっていますか?」
チョコのその言葉を聞き、純の表情は沈む。
「…うん。分かってるよ。全ては[無垢染水]あってこそ。だから、雨で手に入らない今、それをつくれる[色抽出機]を壊すとどうなるのかは」
チョコの視線の先で、純は重々しく言う。
その様子は、全てのことを理解しているように見える。
「…どれだけのカラーヤが被害にあったか、知っていますか?」
「…うん。知ってる」
「なら…」
そこでチョコは一歩を踏み出す。
そして、己の言葉を強く伝えようと、声を大きくして言う。
「なら純!もうやめてください!誰も苦しませないでください!あなたがどうしてやり続けてきたのかは知りませんけど、全てを知っているというなら、やめてください!」
「…チョコ」
純はその言葉を聞き、再びチョコの目を見て、答える。
「それはできないよ。私は[色抽出機]の破壊を、止めることはない」
「…純!」
チョコは叫ぶ。偽物とはいえ、かつての仲間に半ば懇願するように、言葉を吐き出す。
「お願いですから、やめてください!」
「無理だよ。一緒に暮らしてくれたチョコの頼みでも、それは…受け入れられない」
「純…!」
傷ついているとはいえ、チョコの力では戦って勝てるか怪しい。だから、無駄であることを理解しつつも、チョコは純に言葉を投げかけた。
だが、純はそれに応えない。チョコが言う止める理由全てを知っていながら、理解していながら、彼女の意思は止まらない。
むしろ、前へと進もうとする。
「…チョコ、ごめんね。私は今をダメだと思うから」
今と言ったところで[色抽出機]を指さし、純は言う。
「…だから、やらせてもらうね」
言って、純は一歩を踏み出す。
その行動は、チョコの言葉に対する、明確な拒絶の意思の表れだ。
それを見た彼は、もはや口で止めるのは無理だと悟る。
(やはり…無理でしたか)
どうあがいても、純が止まることはない。
だが、このままその行いを見過ごすことはできない。
故に、チョコは動く。
「…やめてくれないというのなら…私は」
一歩、チョコは純に向かって踏み出す。
「あなたを自分の手で止めて見せます」
言って、チョコは両手で杖を構える。
それを見て、純は戦闘の意思を感じ取ったようで、
「そう。こうなっちゃうんだね…」
巨大な手袋に包まれた手を広げ、力強く握りこむ。
「…塔での時間が続けばよかったのに…ね」
俯きながら悲し気にそう言い、純は顔を上げる。
「…全ては、私がキャンバスに…願ったからかな」
「…?」
純の意味深な呟きの意味は、語られない。
「…チョコ。あなたのことを傷つけたくはないけど…でも」
始まりを告げる、最後の言葉が紡がれる。
「…あなたを、倒すよ」
その瞬間、戦いは始まった。
「…!」
純が一歩を踏み出す。
それは、初動のたった一つの単純な動きだ。
だが、同時に単純故に強力な一動作でもあった。
(来る…!)
チョコは見る。
純は踏み込みの動作をした。
位置は彼と同一直線状。突っ込んでくる気だ。
([カラーズハート]も一撃で沈める攻撃が、来る…!)
当然、チョコにそれをいなす力などない。防ぐことも耐えることも出来はしないだろう。
できることはたった一つ、回避のみである。
「…っ!」
一歩の踏み込み。それだけで、彼女は足に込めた力によって爆発的に加速し、来る。
それを見たと同時に、チョコは動く。
生物の端くれでもある、カラーヤの生存本能に半ば突き動かされ、体を横へ向け、右側へと移動する。
その直後、純の拳がチョコの眼前を通過し、空を切る。
と同時に、一気に押し込まれた空気が爆発するように横へ、チョコの方へと一気に叩きつけられる。
彼はその余波だけで吹き飛ばされて軽く宙を舞うが、落下時に杖で床を思い切りつき、体の体勢を立て直す。そして、やや不格好ながら床に着地する。
「…っ」
そんなチョコの視線の先で、純は彼の方を見る。
今しがた強烈な一撃を放ったその身は、見た目の痛々しさとは裏腹に、力強さを感じさせる。
たとえ登りに疲弊し、包囲によって傷ついていようと、純・カラーブックというカラーヤは、圧倒的に強い。
それは、今の動きが証明し、そしてチョコは身をもってそれを理解する。
(強い…)
聞いただけ、遠目で見ただけでは分からない、真の圧倒的な強さが、目の前には立っている。
「…」
明らかに、勝機などない。チョコの持つ杖自体は有効な武器となりえるかもしれないが、まず当たらないだろう。
「…っ!」
だとしても、チョコは止まるわけにはいかない。純が止まるわけにはいかないのと同じように。
故に、彼は動く。
杖を構え直し、純をまっすぐに見つめる。
すると、彼女は手招きをする。
「…?」
意図は分からない。だが、どうやら、かかってこいという意思表示らしいということはチョコには分かった。
何かの罠かもしれないが(この実力差でそんなことをする意味などないだろうし、純が慢心をするとも考えにくいが)、行くしかない。
純は両手を広げ、無防備な状態だ。力んでいる様子もない。
攻撃するなら、今しかないだろう。
(どこで責めようと大差ないなら、ここで…!)
そう思い、チョコは踏み込む。
杖を斜めに構え、走り出す。
純の顔を見ることは避け、彼女の元へと全力で向かっていく。
「チョコ…」
純はそれを、ただ待つ。
そして、チョコは彼女の目の前に至る。
(やれるだけのことは…!)
最後の一歩。ついで、足の捻り。それによって、高い硬性を有する杖が、左から右へとの動作で、純の側頭部へ勢いよく振るわれる。
「…」
その瞬間。
「!」
純は右手を挙げ、チョコが全力を込めた一撃を、容易に防ぐ。
必要としたのは、腕を上げる一動作、それのみ。
後は腕の力で加えられる力を打ち消し、チョコの攻撃を無効化する。
「…ごめん」
直後、純の開いた左手が、強烈な一撃をチョコの腹へと叩き込んだ。
「…ぐっ」
それを受け、彼はあまりにあっけなく倒れる。
硬い床が一瞬にして眼前に迫り、全身は床の上へ。
杖は手放され、床を滑るように転がる。
「…ぅ…」
たった一撃。それだけで、チョコは完全な敗北を喫していた。
「…」
大きな怪我を負ったわけではない。
だが、ダメージは決して軽いものではなく、チョコの体では数分の間は頭を上げるのがせいぜいと言ったところだった。
…彼は純によって、できるだけ傷つけないように無力化されたのである。
「…純…」
チョコが地に伏して呻く中、純は彼から視線を離す。
そして、ゆっくりと[色抽出機]の方へと歩き始める。
それを見たチョコは。
「……どう、して…ですか」
腹部への一撃で痛みが広がる中、声を上げる。
「…どうして?」
その言葉に、純は少しの間だけ立ち止まる。
「…全て…全てを知ると、いうのなら…どうして…こんなことを…!」
彼は問う。
純に何故と、どんな理由があって被害のことを知り、理解しながらこんなことをするのかと、問う。
もはや妨害も何もできない中、彼にできるのは、自身の疑問を純にぶつけるというその行為のみなのだ。
「…こんな…正しく、ないことを…!」
「…正しくない?…。…うん、確かにチョコから見たら、そうかも」
でも、と純は言う。
「…これは私にとって…全てを知る私にとっては…ある意味では正しいと言えることだよ」
「…?」
その言葉に、チョコは眉を顰める。
そんな彼を背後に置き、純は続ける。
「…チョコ。私がどうして[色抽出機]を壊すのか。そのコアを奪うのか。その理由を知りたいなら、教えるよ。…仲間だったしね」
言って、純は再び歩き出す。
チョコがその背を見つめる中、純は[色抽出機]の目の前へと至る。
「…答えは、ここにあるよ」
言葉とともに、純は[色抽出機]の上部、正八面体の中央部へと手を伸ばす。
手袋に覆われた手が、薄く光る立体の表面へと置かれる。
(何を…)
そう思うチョコの視線の先で、純は振り向く。
「私が今までやってきた理由は…これだよ」
言葉と共に立体の手袋に覆われたが力を加えられ、砕かれる。
直後、純は手を下ろし、立体の奥にいる者をチョコへと見せつける。
そして、それを見た彼は…絶句した。
「…なん」
(なん…なんですか…これは…!?)
彼の視線の先、カラーヤに恵みをもたらす最高の装置[色抽出機]の上部、その中に存在したのは。
「…こん、な…こと」
体のあちこちを切り裂かれ、傷をチューブに繋がれて眠る、小さなカラーヤだった。
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