[第三章:隠されたこと]その3

突如、チョコの前に誰かが降ってきた。

「!?…だ、大丈夫ですか!?」

 チョコは慌てて、塔の外壁近くへ落下した者へ近づく。

 よく見ればそれは、下敷きになった[カラーズハート]と、その上に乗ったカラーヤらしかった。

「…あなた、確かティラ…」

 薄暗い中、チョコは[カラーズハート]の上に載っているカラーヤを見て言う。

 茶色のロングスカートに同色のブラウス姿の彼女は、[菓子団]の一員であり、純を罠にかけた際、彼女を見下ろしていたカラーヤの一人だった。

「…それが、どうして急に空から」

 チョコは落ちてきた方を見た後、再びティラたちを見る。

 下敷きになった[カラーズハート]の外装の反発のおかげで、落下による怪我はないようだ。だが、その前に何かしらのダメージを受けていたのか、ティラの意識は朦朧としている様子だった。

「…ティラ、ティラ。大丈夫です?」

 そう言ってチョコは彼女を[カラーズハート]の上から降ろす。

「…あ、あら…チョコ?」

 少し遅れて、ティラは目を薄っすらと開け、反応を示す。

「…一応、無事ではあるみたいですね。…しかし、一体何があったんです?塔の上から落ちてきたみたいですけど…」

「…」

 チョコの問いに、ティラはぼんやりとした表情で、数秒の間沈黙する。

「…あ!」

 そこで、ティラは記憶が蘇ったのか急に焦ったような様子を見せ始める。

「…ちょ、チョコ…!…ま、不味い…」

「不味い?どういうことです…?」

 チョコはティラの態度の変化に戸惑いながらも、一抹の不安を覚える。

 純と相対しているティラと、[カラーズハート]の一人が[天塔]の上から落ちてきた事実と、ティラの態度から。

「…あの…純・カラー…ブックが…」

「純!?純がなんだと…」

 その問いに、ティラは答える。

「…包囲を…抜けた…」

「…そんな…まさか!?」

 包囲を抜けた。それはつまり、あの[カラーズハート]で四方八方、上下のどの方向も満たされた空間を、正面から攻略したということに他ならない。

(まさか…そんな…[カラーズハート]には飛び道具も装備していたのに…)

 純の処刑場ともなるはずであった、あの場所にいた[カラーズハート]たちは皆、十字を持っていた。

 それは[染戦]で初めて作られた飛び道具で、内部には鉄にマゼンダの[染水]をつけた、反発の性質を発現した板が四つ、囲むように配置されており、そこに弾を入れ、後ろからも反発の板を入れることで打ち出す、一方的な攻撃兵器だ。

 重いことと、一発の装填に時間がかかること、弾道の制御が効きにくいという三つの欠点こそあれど、高速で弾を打ち出すそれは、カラーヤにはそう簡単に回避できるものではない。

 たとえそれは、異常な身体能力の純であってもだ。

 まして、あそこには相当数の十字があり、それは純を包囲次第、一斉発射されたはずなのである。

 そうなれば、例え幾らか避けれたとしても、弾幕の厚さゆえに純は無事では済まないはずだ。

 一撃目を生き残っても、あの数の[カラーズハート]の包囲を突破していくなど、不可能に近い。

(…どれだけ無茶苦茶な強さしてるんですか…!?)

 このままでは、純はここに元よりある[色抽出機]に辿り着いてしまうかもしれない。

 念のために話の信憑性をあげておこうと、場所の情報自体は本物を使ってしまったがために。

「…チョコ…純・カラーブックを…止めて…多分、ほとんどやられ…たから」

 ティラは弱弱しく言う。

 それにチョコは頷く。

「…分かりました。行きますよ。今それを知っているのは少ないでしょうし」

 答えた後、ティラを丁寧に地面に横たえ、チョコは塔の内部に向かって走り出す。

 ティラの、こんなに強いなら、もしかしたらあれ(・・)も負けるかも、という不安げな呟きを背に。

「…こんなことになるなんて…」

 まさか、計画が失敗するとはチョコは思っていなかった。

 純が死なない可能性くらいは考えていたが、それ以上の結果を向こうが出してくるとは予想できなかったのである。

「…純…これ以上は」

 ここでも[色抽出機]を壊すなどされるわけにはいかない。

 ここに流れ着いた自分を含めたカラーヤ達が被害を受けるのを、許容できるわけがないのだ。

「できるか分かりませんけど、やらなくては…!」

 チョコは走る。向かうのは、塔内部に設置された、各階層を行き来するための、[菓子団]の一員でなければ使えない昇降機だ。

 罠の準備のため、比較的最近に設置されたそれは、滑車とロープで、[カラーズハート]がぶら下がった籠を引くというかなり簡易的な構造をしている。

 上昇速度はお世辞にも早いとは言えないが、直線で動く以上、それでも徒歩で塔内を登るよりは圧倒的に早い。

「純…」

 チョコは走る。

 彼女が生きていたことは少し嬉しいと感じつつ。

 彼女を止めようと疾走する。

「上げてください」

[了解]

[了解]

 十分ほどで目的の場所へ来たチョコは籠の中に急いで入る。そして、出入り口左右、固定のために壁に半ば埋まった[カラーズハート]に指示を送る。

 それを受けた二人はカードでの返答と共に頷き、上から下がっているロープを同時に引っ張り始める。

 チョコが乗れば半分も埋まってしまう狭い籠は、どんどん上へと上がっていく。

「…間に合いますか…!?」

 一応、この昇降機は[色抽出機]がある階層に直結している。

 このままいけば、時期着く。

「…」

 何度も、塔内の各階層の乗り場を過ぎる中、焦りながらも、チョコは昇降機が上るのを待ち続けた。

 そして。

「…やっと着きました」

 二分ほどが経ち、籠は目的の階層へと到達する。

 チョコをそれを確認するが早いか、籠の外へと飛び出す。

「…この先に…!」

 彼の目の前に薄暗く、やや広い廊下が広がっている。

 ここをまっすぐ行った先に、[色抽出機]がある。

 純を罠にかけた空間を遥か上から見下ろす、それが。

「間に合って…ください!」

 祈るように呟きながら、チョコは走った。

 時間にして三十秒。

 だが、焦る彼にはそれは三分にすら感じられる。

 そんな短いようで長く、長いようで短い時間を超え、彼はようやく、辿り着く。

 純がやってくる場所へと。

「…どうにか、着きましたか…」

 言って、チョコは周囲を見渡す。

 そこには先が見えない程高い天井を持った、円筒形の黒色の空間が広がっており、向かい側にはここに至るための階段がある。

「…純の姿は、ないですね…」

 どうやら、まだここに到達はしていないらしい。

 少し安心し、チョコは視線を別の物へと移す。

「…[色抽出機]は…無事ですか」

 見上げた彼の視界に入るのは、正八面体の物体を頂点に置き、その下部に太いパイプ状の物体が四方に繋げられ、さらにその下に貯蔵層のような装置がつけられた、巨大な装置だ。

 正八面体は薄いピンクの光を纏っており、胎動するするように僅かにその光量を上下させている。

 そして、パイプは上が淡く光っているが、下は光ってはいなかった。そのさらに下の貯蔵層にも光はない。

「…絵では見たことありましたが…これが本物ですか」

 チョコは、[色抽出機]をじっくりと見る。

 今なお、カラーヤ達の生活を支えるため、[無垢染水]をつくる、その大きな装置の全容を目に焼き付ける。

「…ルパイの功績。私たちを平和に暮らさせてくれる、素晴らしいもの…」

 チョコは改めて思う。

 ルパイは凄いカラーヤだと、彼を称賛する。

「…これを純は…壊そうとしている…」

(それは…やっぱり正しくないことです。だから、私は…)

 そう思いながら、チョコは階段の方を向く。

 数秒前から、階段をそれなりの速度で駆けあがってくる、確かな音を聞いたために。

 そして、彼は再会する。

「…チョコ」 

 彼女は現れる。服のあちこちが破け、腕や足の一部が裂け、体内の[染水]を流しながらも、弱さを感じさせない状態で、チョコの視線の先で硬い床を踏みしめる。

 カラーヤの生活を破壊する、純・カラーブックは、カラーヤの生活を守ろうとするチョコ・クッキー・ダヨと再開する。

 そんな状況で、彼女は言う。

「…さっきぶりだね?チョコ」

 裏切られた。その事実があるはずなのに、笑いかけて。

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