[第三章:隠されたもの]その2

「ここが、そうなんだね」

「ええ、そうです」

 夜、森の中に[カラーバーン]を隠し、純とチョコは遠方を見上げた。

 その視線の先には、暗闇の中、純たちのところの数倍はある巨大な[天塔]が空高くそびえたっている。

 現在、二人がいるのは目的の島。すなわち、純の処刑場ともなりえる、罠の張られた誘導先の場所だった。

 二人はそこに、先ほど小型の[カラーバーン]に乗ってやってきたのである。

「…あの高い塔の頂に、[色抽出機]は存在します。ここまで来た以上、後は純があそこに侵入し、登ってとってくれば、それで終了します」

「うん、いつも通りだね」

 純はこれから激しい動きをすることを考えてか、体を伸ばしている。

 土と[染水]のカラーヤと言えど、関節を激しく動かすなら、事前に伸ばして適度にほぐしておいた方が、動きは良くなるのである。

「…純、詳細な場所は分かっていますか?」

「うん。中の構造はちょっと大雑把にではあるけど、覚えてきてるよ」

「…なら、大丈夫そうですね」

「勿論。今回も成功させて粋たちのところにちゃんと戻る」

「…そうですか」

 チョコは純を、複雑な気分で見つめる。

 そう長くない時間のうちに、[天塔]の中で包囲され、一斉攻撃を受ける彼女のことを。

(これで…お別れです。ですが…これが正しい事なんです…)

 チョコにとって、純たちと過ごした日は、楽しいものであった。

 そして、彼はもはや、純のことをかなり好意的に思ってしまっている。偽りのものとはいえ、同じ時を共にした仲間として。

 だからこそ、そんな彼女をこれから殺すかもしれない状況に身を置かれたことで、意図せず胸が痛んでしまう。

 …それでも、だ。彼は正しさのため、止まることはない。正しい事をしようとする。

「純、頑張ってきてください。私はここで、あなたの帰りを待っています」

 チョコは近くに浮かんでいる二人の[カラーズハート]のところに歩いていき、純にそう言う。

「チョコ…。…うん、必ず帰ってくるよ。…ちゃんと、助けてね…」

「…はい」

 純の言葉の最後の方までは聞かず、チョコは答える。

 そんな彼の視線の先で、純は歩き出す。

 目指すのは当然、前方にある[天塔]の頂だ。

 目的の[色抽出機]は、その頂にある。

 その理由は、盗難防止のためだ。[天塔]の表面は黒の[染水]と石材の組み合わせによって(その混合物を物体表面に塗布する[塗布処理]というもので)、硬化し、外からは破壊がし難い状態にある。そのため、内部の物を奪うならば下から侵入する方が良く、それをされた際に、すぐに奪って逃げられることがないよう、高いところにあるのである。

「すぐに、帰ってくるよ…早く、したいから…」

 そう呟いた後、純はチョコに振り返り、

「…チョコ!また、後でね!」

「ええ、また…」

 チョコが手を振る中、純は軽く笑った後、塔の方へと駆けていった。

 相変わらずの、異常な身体能力に裏打ちされた、尋常ではない俊足で。

 それにより、ただでさえ暗い夜闇の中、彼女の姿は一瞬で消えていった。

「…また…なんて。ないですね。純が殺されようと、生き残ろうと、私はもう、あの島へ戻ることはないのですから」

 ここで純が塔内で一斉攻撃を受けた段階で、計画は終了する。

 そうなれば、あの島へ戻る必要などないのだ。

 まして、純を殺すかそうでないにしても重傷を負わせたに等しいチョコは、戻ることなどできるはずもない。

「…ただ、最低…な側面を持ったカラーヤがその行動の罰を受ける。それだけなのに…ああ、この思いは」

(私があの時間を、偽物にしろ好きだったからですね…)

 なんにしろ、もう後戻りはできない。

 純は罠へと飛び込んでいった。

 もはやチョコにはやることも、できることもない。

 ただ、事態が進展するに身を任せるしかないのだ。

「…さて。いつまでもここにとどまる理由もないです」

 言って、チョコは[カラーズハート]たちに背を向ける。

「…戻りましょう。あそこへ。時期に全てが終わり、私の日常が戻ってきます」

 この島の[天塔]は、チョコの家がある場所でもあった。

 故に、一斉攻撃が終了し、純が倒されれば、彼はそこに帰る。

 嘘で彩った日々から離れ、つい二週間ほど前までの生活に復帰するのだ。

「…。あまり、気持ちよくは、ないですけどね…」

 言って、チョコは歩き出す。

 その背後で、[カラーズハート]二人が不思議そうに首を傾げる。

 [カラーバーン]からチョコが離れることは、徒花の立てた作戦には入っていないからである。

[停止]

[停止]

 警告を示すためのカードを振りながら、[カラーズハート]はチョコへよってくる。

「…いいんですよ、気にしなくて。私はちょっと所用があるだけです。護衛はいいですから、ここで[カラーバーン]を守っていてください」

『…』

 [カラーズハート]二人は再び首を傾げる。

 だが、徒花から仮の命令権から与えられたチョコからの言葉に、言われた二人は深く考えずに従うことにする。

[了解]

[了解]

 別のカードで意思表示した[カラーズハート]二人は、木々と草で隠された[カラーバーン]の近くに行き、そこで無言で浮遊する。

「…。それじゃぁ、さようなら」

 言って、チョコはその場を立ち去る。

 今までの時間に背を向けるかのように、振り向くことはなくただ歩いていく。

「…これは、正しい事です。誰かの生活が崩壊するのは、もう終わりなんですから」

 彼は行く。暗闇の中、一人。


▽―▽


「…早く、しなくちゃ」

 純は走っていた。

 全力で足を動かし、[天塔]の中へと入っていく。

「…少しでも早く、[色抽出機]のところへ」

 彼女は急ぐ。

 たった数秒でも早く目的の場所へ到達するため、シンプルな跳躍や壁蹴りを使った異常な動きによるショートカットで以て、党内部を進んでいく。

(…これが成功したら…また、誰かの生活は壊れる)

 上へ、上へと駆けて行きながら純は思う。

(…[無垢染水]が手に入らなくなって、できたことができなくなって…)

 思い、彼女の顔は曇る。

(…生きるのだって短くなっちゃう…)

 被害を受けるカラーヤ達のことを考え、純は目を伏せる。しかし、その足の動きは、決して鈍らない。

(でも…でもだよ。それでも私は…)

 彼女は走る。進む。目的の場所へ、手を伸ばすべきものがあり、開放すべき者がいるところへ。

(私のやっていることは…最低で悪かもしれないけど…)

 自身の行為が生み出す結果を、その意味を彼女は分かっている。どんな被害が生まれるのかを、知っている。

 自分がある視点から見れば、致命的なまでに間違っていることを、彼女は自覚している。

 それでも彼女が止まらないのは、悪意や信心でも狂気でもない。

 …ただ単純な、優しさと、そこから生まれる思いゆえだ。

 純というカラーヤを表すその性質が、彼女を走らせる。

 自分がもたらす被害に苦悩しながらも、彼女はその疾走を止めることはない。

「私は続けるよ。…今を、ダメだと思うから…」

 彼女はそう言い、塔を登り続けた。

 そして。

「この先を抜ければ」

 純は狭い通路を進み、ある扉の前にたどり着く。

 それは、[色抽出機]へ至るために通らざるを得ない、巨大な円筒形の空間へと繋がるものだ。

 これを開け、真上に上ったところに、目的の物は存在する。

 それをはっきり意識し、純は気を引き締める。

「…さぁ、行こう。色神を助けに…」

 その呟きと共に、純は扉を蹴破り、中へと飛び込んだ。

 …そして、彼女は目にすることになった。

「待っていたぞ、純・カラーブック」

「!?」

 円筒形の空間一杯に満ちる、見慣れない十字型の物体を持った[カラーズハート]と、それらを見下ろすカラーヤたちを。

 さらには、今来た通路からの天井から何人もの[カラーズハート]が姿を現すさまも、見ることとなる。

「これは…」

 聞かされていた情報とはあまりに違う光景に、純は戸惑う。

 こんな戦力など、イチからの情報ではいるはずがないと、思う。

(どういうこと…?)

 そんな純の元へ、頭上から声が響き始める。

 彼女はそれに反応し、遠い空間の天井を見上げた。

 瞬間。

『…すみ…、純・カラァァァァブゥゥゥゥゥゥゥック!』

 遥か上より、怒りと恨み、悲しみが入り混じった、多くのカラーヤの声が、重く、重く響く。

 …いや、降り注いでくる。

『お前は、ここで、死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!』

 その強い感情ではちきれそうな言葉を聞き、純は自覚する。

 自分が罠にかけられたということを。

 もはや逃げられない、絶対的な包囲網の中に一人、立っていることを。

『報いを受けろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』

 その叫びに、百を優に超える全ての[カラーズハート]が、応えた。

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