[第二章:交流の日々]その7

 再び、時間が流れた。

「…」

 現在、チョコが純たちの元へと来てから二週間が経過している。

 そんな日の夜、チョコは自室のベッドで横になっていた。

「全ては…順調…ですが」

 純や粋との関係は良好だ。

 時間が立つたびに仲は深まり、もはや彼女らはチョコを疑うことなどなさそうである。

 子どもたちに関しても、悪くない状況だ。ぽいは競争後に、チョコが純にぽいの気持ちを伝えたことから感謝され、多少仲が良くなった。

 ふにゃりーも、そのときのことでチョコとの距離は近づいている。

 徒(つれ)花(はな)は、少なくとも表面上の関係は良かった。

「…全て予定通り。純に加え、ここのカラーヤに信頼されることができました」

(ですが…)

 彼の気持ちは今、複雑だった。

 純が本当に悪い奴なのか。その疑問が、被害者のために懲らしめるべきという心を横から突き、揺らしてくる。

 最初は一つのことに向き、先鋭化していた意識は、純の多くを知ったことで、明らかに鈍くなった。

 向く方向はまだ同じでも、それは大きく揺れている。

 …迷っているのだ。チョコは。

「…純が悪いやつでないとしたら…どうしてあんなことをするのでしょうか」

 [色抽出機]を壊す…他のカラーヤの生活を破壊する。

 今までチョコが得、感じた純というカラーヤの人格では、とてもそんなことをするようには思えない。

 だが、事実として彼女はやっている。

「…何か、理由があるのでしょうかね」

 純の性格を把握した今、チョコはそういう風に考える。

「…悪意があるわけではないようです。ならば…なぜ?」

 純たちは、[色抽出機]のコアを奪っているが、それを利用している様子はない。

 [色抽出機]を再建造し、生産した[無垢染水]を飲み、寿命を延ばすことが目的というわけではないらしい。

「…というかそもそも、コアないですし…」

 不自然なことだが、奪ってきたコアは、この[天塔]内のどこにも存在していない。

 唯一見れたのは、チョコが一度だけ奪取についていった際、純が入手したものの外装の欠片ぐらいだ。

 そしてそれは、[カラーズハート]がゴミとして掃除していた。

「…私が最初にあげた嘘の主張と同じ?…ですが徒花は違うと言っていましたね」

 チョコはここに来た際の徒花の発言を思い出す。

「…ならば、一体何のために?」

 純に悪意はない。故に、悪意に由来する行為ではない。

 理由としてありそうなものはむしろその逆、善意やその類にありそうである。

「…なん、なんですかね…」

 チョコには、その答えは分からない。

 それだけでなく、他にも分からないことはある。

「…アカミも、結局なぜ、あそこまで私を…というか純以外のカラーヤを過剰に恐れていたのか分からずじまいですし…」

 アカミとは、純と共に絵本を作り、二人で読み聞かせをしたことを通じて、どうにか仲良くなった。

 しかし、アカミからはその恐れの理由を聞けることはついぞなかった。

「…なぜ、なぜ、なぜがたくさんです…」

 チョコには、今まで感じてきた、その疑問全てに対し、答えを持たない。

 自分の中で仮の答えも出すことはできない。

 彼は多くを分からず、知らないままだった。

 そんな彼が唯一分かっていることが…、

「…私は計画を進めるということだけ…なのに、それさえも」

 僅かに迷っている。

 被害の事実は変わらないのに、純を止めるべきだと被害者に寄り添った視点から、正義感から、共感から思うのに。

 別にチョコは、計画を止めようと明確に思うわけではない。ただ、純の性格を思うと、彼女を悪として処してしまうことに、抵抗を感じてしまう。

 ここにかつて来た時、彼が思っていた通りにしていいのかと、思ってしまう。

 それが、迷いとして彼の中に確実にあり続ける。それは彼の歩みを止めるほどではないにしろ、その意思をやや不安定にするには十分なものだった。

「…本当に、これが正しいんでしょうか…」

 子どもたちと触れ合い、粋と部屋の奥でナニカをし、徒花と語らい…そしてチョコと笑う。

 そんな優しさを持つ、温かな彼女を殺すかもしれない。

 それが良いことなのか。

「…もし、純を殺してしまったら…」

 呟いて、チョコは思い出す。

 純のことを慕う子供たちのことを。

 もし、計画に基づき純が殺されれば、彼女らは悲しむだろう。

 もしかしたら、もっと酷いことになるかもしれない。

 その可能性を、今のチョコは認識できる。ただの純を悪と断じるだけだった、過去の彼とは違うのである。

(粋もきっと…)

 そうなれば、ここにある幸せな時間は終わりを告げてしまう。

(以前なら…代償として気にしなかったはずなんですけどね…)

 決して長くはない期間ではあったが、純たちの明るい日常の価値を感じるには、それは十分な時間だった。

「……でも、ですよ。このまま純を放置すれば、さらに被害者が…」

 つい数日前の、徒花経由の情報を元にした襲撃でも、誰かの生活が崩壊した。

 純の回収担当だったチョコはその瞬間を、遠目とはいえ目撃した。

 そのときのことを思い出せば、純をとめなくてはならないのは明白なのだ。

 彼の持つ優しさゆえに、このままでいることはできない。

「…ここまで回数を重ねている以上、口で言っても止まらないでしょうし…だから」

 被害者のことを思いだし、[菓子団]の仲間たちのことを思い、彼は言う。

「やるべきなんです。…それが絶対的に正しいとは…これで全てが良くなるとは、思えないですけど…それでも。これは」

 正しい事だと、チョコは言う。

 平和に暮らしたいだけのカラーヤ達からしてみれば、生活を壊すものを排除ないし懲らしめることには正しさがあるのだと。

 彼らの幸せを守るためには、やらねばならないと。

「だから。やらないといけません。正しいことを、私はやるんです」

 言って、チョコは起き上がる。

 心を鈍らせる迷いをしまいこみ、意志を固めるため、一言一言はっきりと言い始める。

「…じき、誘導のときが来ます。自覚するんです、チョコ。私は多くの被害者たちの思いを背負っているんです。例え、以前のように純のことを悪い奴だと断定できなくとも…」

 彼は、言う。

「…私はやりますよ、計画を」

 多くのカラーヤの平和な日々のため、自分が正しいと判断したことのため、彼は揺れる思いをどうにか固める。

「…必ず。そうして、純の行為をとめるんです」

 その言葉と共に、改めての決意を示すように、チョコは手を掲げ、握りこんだ。

 

▽―▽


「…純」

 机に書類を広げ、徒(つれ)花(はな)は呟く。

 事務室には、他に誰もいなかった。

「…やっぱりあなたは悪よ。その行為は、許されるものじゃない。…だから、狙われる」

 徒花は一人、呟く。

 計画の一部を掴んでいる彼は、純のことを思って。

「…だけど、ね。純」

 徒(つれ)花(はな)は純の部屋がある方を向く。彼女が、今夜は子どもたちと共に寝ているであろう部屋の方を見て、呟く。

「…あなたは同時に正しいわ。肯定されるべきよね。だって…あなたは…」

 そう言う徒花の頭に過るのは、アカミたち子どものカラーヤだ。

 アカミ、ぽい、ふにゃりー。

 そして、それ以外の何人もの、である。

「…純。あなたは……色神(しきのかみ)を…」

 その言葉の最後を聞くものは、ここにはいない。


▽ー▽



「…全ての準備は整った」

 ルパイは振り向く。

 純を吊る本物の餌をその頂に持つ、チョコの家もある本拠地たる[天塔]の上部へ集まった者たちを、その目で見る。

 ルパイを見つめるカラーヤ達は、明らかに疲れ切っている。

 だが、その目からは強い感情を感じ取ることができる。

 純・カラーブックを許さない、もう二度とあんなことはさせない、手痛い目に合わせてやる、などのメッセージを孕んだものが、だ。

 それを受けたルパイはゆっくりと口を開く。

「では、始めようか。…カラーヤの生活を壊す、純・カラーブックの排除。その第二段階を」

 そうして、それはやって来る。

 今まで嘘で塗り固め、偽りの仲と信用を構築したチョコが純を誘導し、罠へとかける時が、ついに。

 


 …そして、同時にそれは、彼が最低な真実を知る時でもあるのだった。

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