[第二章:交流の日々]その6
「競争?」
ぽいの言葉を聞いた純は、不思議そうに首を傾げた。
「そうよ!心配しないで、お姉ちゃんには迷惑かけない…むしろ役に立つから!」
「?そ、そうなの?」
「そうよ!役に立つから!見てて!」
「う、うん。ありがとうぽい…」
戸惑いながらそう言う純を、チョコは少し離れたところで見ている。
その頭の上にはふにゃりーがおり、彼女はぽいを、ニヤニヤ笑いながら見ている。
「チョコ!私の方が役に立つところ、見てなさい!」
ぽいは純からチョコの方へ振り向き、彼を指さしてそう言う。
そして、また純の方へ向き、詳しい説明をする。
「あ、はい」
少しついていけず、そんな反応をする彼の上で、ふにゃりーはぽいを見ながら、
「…ほんと、素直じゃないやつにゃ」
と呟く。
「…素直じゃない、ですか…」
その言葉から、チョコはついさっきの会話を思い出す。
ふにゃりーとの、ぽいについての、だ。
(…ふにゃりーが言うには、ぽいはただ…)
アカミのように純に甘えたい。ただそれだけらしいのだ。
だが、ぽいは素直にそれを言うことはできない。素直じゃない性格もあるが、そこに加えて純粋に、純に迷惑をかけたくないという気持ちもあり、余計に本心を出せない。
ぽいは常にそんな状態にあり、そのしわ寄せが純へとよくくっ付くアカミへの言葉などとして、出ているらしいのである。
「しかし、だとしてもどうして私に勝負を挑んだのですか?」
ここに来てから、チョコと純との距離は表面上だけの偽りの物とはいえ、近づいてきた。
だが、それによってチョコが純に甘えたりするようなことは起きていない。
あくまでも仲間としての関係が深まっているにすぎないのである。
強いて、ぽいが羨ましがるようなことをしている者を挙げるならば、粋ぐらいなものだろう。
「…ぽいがチョコにあんな、面白いこと、をやるように言った理由なんてわかり切ってるにゃ」
言うまでもないとでも言いたげな口調で、ふにゃりーは言う。
「…どういうことです?」
「にゃははは」
ふにゃりーは楽しげに笑う。
「答えは単純にゃ。チョコが役に立つことで純と近づくのが羨ましいんだにゃ」
「…?え、甘えたいんでしょう?それでなんで」
「にゃはは。ぽいは甘えたいのもそうにゃが、単純に純と近くにいたいのもあるのにゃ。チョコが純と隣同士で作業している時ぐらいの物理的距離で」
「……まさかそれで嫉妬されてるとは」
チョコからしてみれば、偽りだらけの関係に由来することで羨ましがられるのは、妙な気分である。
「嫉妬程でもなく、ただ羨ましいっていう可愛くて面白い感情にゃよ?…独り言を聞いた感じはそうにゃんだにゃ」
「え。それ盗み聞きじゃないですか」
「にゃはは。面白い事呟いてるから聞いてしまうのもしょうがないにゃ」
ふにゃりーはチョコを見下ろして笑った後、再びぽいの方へ視線を戻す。
「それで、にゃ。もし自分がチョコよりも役に立つと示せば、自然と、かつ純に迷惑をかけずに近くにいられると考えたんだにゃ」
「…それも盗み聞きですか?」
「にゃはは。絶妙に聞こえる音量なのも仕方ないところにゃ」
「……。まぁそれはともかく」
(…ぽいがどうしてこんな行動に出たのかはわかりましたね)
特に嫌われていたわけではなかったことに安堵しつつ、チョコは考える。
(ここで私はどう行動すべきでしょうか…大人しく負けて、ぽいを満足させるべきでしょうかね…)
そんなことをチョコが考えていると、ふにゃりーがふと言ってくる。
「面倒だからってわざと負けるのはおすすめしないにゃ。ぽいにとってはちゃんと勝たないと意味がないにゃ。そうでなきゃ、純の近くにいる正当性が確保できないからにゃ」
「…そうですか」
(…だとしても、ここでぽいを下してもあまり意味はないんですが…)
体の大きさの差から、勝負は自身の圧勝に違いないと、チョコは思う。
そしてそうなれば、ぽいの不機嫌を誘発するだけだろうとも。
「…正直、この勝負はぽいにとって無謀ですよ」
「にゃはは。だから面白いんだにゃ。素直になればいいだけなのに無駄な遠回りをして必死になって、やってるその滑稽の姿は見てて最高なののにゃ」
「…ふ、ふにゃりー」
随分と性格が悪いなと思いつつ、さすがに直接言うのは躊躇われ、チョコはその言葉だけにとどめる。
そんなことを知ってか知らずか、ふにゃりーはぽいを見下ろして、口角を上げて笑う。
…とそこで、ぽいがチョコを呼ぶ。
「チョコ!もう勝負始めるから!来なさいよ!」
「ほら、行くにゃ。せいぜい頑張るにゃよ?」
「…分かりました」
頭からいつの間にか、近くの棚の上に移動するふにゃりーにそう答え、チョコはポイの方へ行く。
(…とりあえずやりますか)
そう思いながら。
「チョコ!私の方が役に立つのよ!ちゃぁんと見ておきなさい」
「分かりました」
「よし、それじゃぁそこのを運ぶわよ!」
そう言って塔の入り口へ走り出すぽいに、チョコはついていく。
「が、頑張れ~、ぽい、チョコ~」
未だ状況に戸惑っている様子で、純は二人にそんなことを言った。
「…」
結果だけを簡潔に言うならば、ぽいは敗北した。
チョコが少しだけゆっくりやっても、やはり身体能力の差は明確だ。
小さいものならまだしも、少しでも大きくなれば小さなぽいには運べない。
チョコが単純に物資搬入の手伝いも兼ねて次々と運ぶ中、ぽいは役に立てているとは言い難い状態である。
「…ぽい、無理しなくても」
そんな状態のぽいに純は何度か心配そうに声をかけていた。
だが、ぽいはそのたびに頑張ると言って勝負を続行。
…勝負と言えないほどの差がつく中(チョコがどれだけ速度を落としても)、ぽいは頑張り続けた。
しかし、一時間が経ってチョコたちに運べるものが全て運び終わった時、結果は無情にもぽいの敗北を示したのである。
「…そんなぁ~。嘘よぉぉぉ」
「…」
(まさかあれだけ露骨に手加減しても…。まぁ、体の大きさが違うし仕方ないところはありますが…)
そう思うチョコの視界の純で、ふにゃりーは腹を抱え、声だけは出さずに笑っていた。
(…ひ、酷い性格…最低なやつです)
そんな感想をチョコが抱いていると、疲れて地面に伏したぽいに、純が近づいていく。
「大丈夫、ぽい?」
「うぅ~…」
純は心配そうに言葉をかけるが、悔しさか傍にいる口実を得損ねた悲しさ故か、ぽいは聞いていない様子だった。
「…ぽいはよく頑張ったよ。とってもね」
ぽいがこんなことをした理由を、未だ純は分かってはいなかったが、それでも何か結構な理由があったと思ったのか、ぽいの肩に手を置いて慰める。
その様子を見たチョコは。
(…純…)
しまっておいた戸惑いの気持ちが強くなることを感じ、目を背ける。
純の優しい姿を見すぎていると、気持ちがさらに揺れる気がしたために。
「チョコ」
そこで、先ほどまで笑っていたふにゃりーが口を開いた。
「……え、なんです?ふにゃりー」
「ちょっと頼みがあるにゃ」
「頼み?」
いつの間にか頭の上に移動したふにゃりーを見て、チョコは聞き返す。
「簡単なことにゃ。耳貸すにゃ」
「はぁ」
ふにゃりーはチョコの耳まで首を伸ばし、少し呟く。
それを聞き、彼は目を見開く。
「ふにゃりー、あなた…」
「いいから言ってくるにゃ」
「…はい」
ふにゃりーの囁きに従い、チョコは純のところへ歩いていく。
「…ん?どうしたの、チョコ?」
それに気づいた純が、ぽいの肩に手を当てたまま聞いて来る。
「いえ、少し。耳、貸してもらえますか?」
「いいけど…?」
「ありがとうございます」
言って、チョコは純の耳元でふにゃりーに指示された通り、あることを言う。
それを聞いた純は驚いて目を見開き、
「これって、そう言うことだったんだ…」
「ええ、ですから、お願いします」
「…分かったよ」
チョコが立ち上がり数歩下がると、純はぽいに言う。
「…ぽい。素直に言ってくれればよかったのに。私は…」
迷惑じゃないのに。そう言って、純はぽいのことを抱きしめた。
「…え?」
その行動に、ぽいは遅れて気づき、顔を背後向ける。
当然、そこには純の顔があり、それを見たぽいの顔は見る見るうちに真っ赤になる。
「…す、純お姉ちゃん…ど、どうして…」
「聞いたよ。ぽい、甘えたくて近くにいたかったんでしょ?だから…こう」
言って、純はぽいを起き上がらせ、彼女と向き合った状態で再び抱きしめる。
「…ほら。好きなだけ甘えて。今はすぐにやることもないし、しばらくぽいとこうしてても大丈夫だから」
「お姉ちゃん…」
それ以上、ぽいは何も言わず、顔を赤くしたまま純に抱かれるがままとなった。
「にゃははは」
「ふにゃりー…」
チョコは頭の上の彼女を見て言う。
「…あなたって…」
「意外だったかにゃ?にゃはは。たまには素直になれる機会がある方がいいにゃ。ぽいのためにも。後これはこれで見てて面白いしにゃ」
「…そうですか」
言いながらチョコは内心驚く。
ただ性格が悪いだけと捉えていただけのふにゃりーが、少しはいいところを持っていたことに。
そして、自分が最初に抱いた印象が、ふにゃりーと言うカラーヤの全貌を掴めずに一部だけを見てしまっていたことにも、気づいた。
(……私、純のことも…最初は…)
彼女の悪い側面だけを見て、最低なやつだと思っていた。
だが、実際関わってみると純は決して悪いところだけでできているわけではなかった。
チョコが最初に見ていた以外のところが、多くあったのだ。
(もしかしたらそれは、今のふにゃりーのように、全て純の一部なのでしょうか…。どちらの側面が偽物と言うことはなく)
もしそうならばと、彼は心の中で続ける。
(私は…視野が狭かったんでしょうか…)
そう、チョコは思う。
一部だけを見て、それだけで判断していた。
そんな、最初の頃の自分の意識に気づく。
「……」
自身を振り返ってチョコは沈黙する。
そうしていると、ふにゃりーがふと言う。
「…良い光景にゃ」
「…良い」
チョコは見る。
純とぽいの温かな触れ合いの様子を。
そしてその様子を見て、チョコは。
「……ふにゃりー」
「なんにゃ?」
「…ぽいは、随分と幸せそうですが…そんなに嬉しいんでしょうか?純とああするのは」
その問いに、当然と言いたげな雰囲気で、ふにゃりーは答える。
「そりゃそうにゃ。だって純は、にゃーたちにとっては最高の」
彼女は続ける。
「優しくて強い、思いやりに満ちた、お姉ちゃんなんだにゃ」
その言葉にチョコは思う。
(そこまで…純を思える…彼女をそれほどまでに好いている、ということですよね)
純は、他者の生活を壊す極悪人。
それは事実ではあるが、純というカラーヤは、決してそれだけではない。そのことを、今のチョコは理解している。
触れて戸惑った純の優しさと、ふにゃりーやぽいの好感度の高さ、過去の自身の視野の狭さの自覚から、それが可能となったのだ。
(純は…懲らしめられるべきかもしれません…ですが)
今、彼は一つの疑問を自覚する。
(彼女は…純は、本当に悪いカラーヤなのでしょうか)
そんな、当初は抱くと思いもしなかったものを。
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