[第二章:交流の日々]その5


 その日、島には巨大な輸送機がやって来ていた。

 名称は[カラーバーン]。

 [カラードラ]と同じ、疑似カラーヤを改造した大型航空機である。

 徒花の手によってきたそれは、今、[天塔]がない島の反対側に着陸し、大量の[カラーズハート]とともに、物資の搬入などを行っていた。

「はぁ…」

 そんな様子を窓から見ながら、チョコはため息をついた。

「…中々上手くいきませんね。子どもたちと仲良くなるのは…」

 彼がここに来てから一週間が立っている。

 その間に、彼は純と粋の信頼をほぼ完全に得ていた。

 もはや、通路で会えばあちらから手伝いをしてくれないかと、聞いてくるほどである。

「…純たちは割と簡単でしたが…さて」

 今、チョコが直面しているのは、アカミ、ぽいなどの子どもたちとは信頼関係どころか、まともに交流できていないという問題だ。

「アカミは私をまだ怖がり…ぽいはなんか全く口をきいてくれず。…ふにゃりーは、まだマシですが、信用があるってわけではない…どうしましょうか」

 そんなことをここ数日、チョコはずっと考えていた。

 純に対しての、心の戸惑いは胸の内にどうにかしまって。

 ただ、計画を進めることを考えるようにし、日々を過ごしている。

 …しかし、戸惑いの存在によって、来た時に比べると多少テンションが下がり、嘘の振る舞いの明るさも、前より少しではあるが下がっていた。

「……一番の難所と思われていた純は攻略したんです。早いうちにどうにかしましょう…。できるはずです」

 言いながら、チョコは考える。

(…まずはアカミでしょうか?私を怖がっているだけのようですし。その警戒心を解けば…)

 そこまで考えたところで、チョコは呟く。

「…警戒心。そういえば、何故アカミは私をずっと…怖がっているのでしょう」

 ここまでで純と共にアカミと接触することは幾度もあった。

 そしてその度に、純はチョコのことは怖がらなくてもいいと言っていた。

 加えて、チョコも警戒心を除けるよう、明るく優しく振る舞ってきた。

「…最も子供たちに信頼され、思いを寄せられている純の口添えがあれだけあっても、アカミは未だ私を怖がる…」

 純がいないときにアカミと会えば、彼女はすぐに逃げて行ってしまう。

 その様子は、まるで恐ろしい怪物から逃げようとするかのように、必死だ。

 よく知らない相手を怖がる気持ちがあるのは当然だろうが、それにしても度が過ぎているようにチョコは少し思う。

 純といなければ接触しようとせず、それ以外は過剰なまでに彼女は避けてくるのだ。

(…私の真意が見抜かれたというわけでもないようですし…。ただ非常に憶病なだけなんでしょうか…)

 そう思いながらチョコはアカミの表情を思い出す。

 ときたま見せる、恐怖に満ちたそれを。

「……怖い経験でもしたんでしょうか」

 改めて思い返してみれば、アカミと距離を近づけることすら、かなり難しいかもしれない。

 そう考え、チョコは他の子どもについて考えてみる。

「ぽいなんかは、どうでしょうか」

 彼女はアカミと違い、怖がったり避けたりしている様子はない。

 ただ、チョコが純の役に立つたびに何か言いたげな様子を見せ、それでいて一切口をきいてこない。

 話かけようとしても、すぐにどこかに行ってしまう。

「…ぽいも、結構難しそうですね」

 となると最後はふにゃりーである。しかし、彼女は彼女で掴みところがないという問題があった。

「…あまりのんびりはしてられないです。早く動かないと」

 とはいうものの、どこから取り掛かったものか。

 三人ともが、一筋縄ではいかなさそうである。

「…さて、どうしましょうかね」

 腕を組み、チョコは思索にふけろうとする。

 …そんなときだった。

「…?」

 なにか、叩くような音が聞こえてくる。

 それに反応し、チョコは発生源である入り口の扉へと視線を向ける。

「誰かノックしてます?」

 返答はない。だが、そこからは小さいながらも、確かに叩く音が聞こえてきている。

「…誰ですかね」

 無言のノックが早く出てこいと急かしているようにも思えたため、チョコは入り口へと歩いていく。

 そして、今開けると言い、言葉通りにした。

 結果、彼の視界に入ってきたのは。

「…ぽい?」

 割烹着に前掛けと言う恰好をした、少女。間違いなく、三人の子どものカラーヤのうちの一人、ぽいである。

「どうしたんです、私のところにわざわざ来るなんて」

「…話があるのよ」

 初めてまともに話してきたため、少しだけチョコは驚く。

「話?ですか?」

「そうよ」

 ぽいは自身より頭一つと少し分大きいチョコを見上げて頷く。

「…今、[カラーバーン]が来てるのは知ってるでしょ?」

「ええ、そうですね」

 外では今頃、[カラーズハート]が[天塔]へ向けて物資を運んできている頃だ。

 チョコは先刻、それを手伝うと言ったが、手は足りているから大丈夫と、徒花に断られている。

「それがどうかしたのですか?」

「…塔の前までは[カラーズハート]が物を持ってくる。けど、その後はお姉ちゃんたちが一部やる」

「そうですね。個人的なものもありますし」

 徒花によれば、絵本用の素材などが含まれているらしい。

「…で、よ。どうせ、手伝いに行くんでしょ!?」

 いきなり指をチョコに突きつけ、ぽいは叫ぶ。

「そ、そりゃ行きますけど…」

「だったら私も行く…それで競争よ!どっちがどれだけお姉ちゃんの役に立てるかの」

「きょ、競争?」

(なんでまた急に?)

 何がどうなったら、そんなことになるのか。チョコのその疑問に答えることもなく、問う暇も与えず、ぽいは勢いよく続ける。

「いい!?競争だからね!そして私は…絶対に勝ってみせる!べーだ!」

 最後に思い切り舌を出し、ぽいはその場から走り去ってしまう。

「…えっと」

 チョコはその場に取り残されて困ってしまう。

(きゅ、急になんですかね。今まで全く喋ってくれなかったのに、急に喋って。しかも、その内容が競争とは…)

「なにを、考えているんでしょう…」 

 これまではただ会っていただけのぽいの考えなど、チョコには分かるはずもなかった。

(……とりあえず、おとなしく聞いておきますか…?)

 チョコは窓から外を見て、下の運び込みはまだ少し早いとは思いつつも、部屋を出る。

 そんなときだった。

「面白いこと、するようだにゃ?にゃーも混ぜるにゃ」

 そう言って、チョコの前に現れた者がいる。

「ふにゃりー?」

 それは、何かを楽しみにしている様子で笑う、小さな彼女だった。 


▽ー▽


 筆を持つその身は、誰にも知られないままに、その巨躯へと組み込まれる。

 それを知るのは、たった一人のカラーヤのみ。

 自身の持つ善性故に、悪を行う彼だけなのだ。

「…助けて…」

 そんな彼の前で、少年は呟く。

 多少役割の差は有れど、扱いは同じ、他の多くの者たちと同じように、それを外へ求める。

 だが、少年を組み込む男はその言葉を聞くことはない。

 聞いてしまうことの意味を、分かっているがために。

「…最強を完成させる…」

 


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